仁の「学校では教えてくれない人間関係の秘密。」

*

弱い相手にこそ要注意!弱さを利用して他人を操る「悲劇のヒロイン病」の罠。

   


この世の中には、たくさんの”扱いにくい人”がいます。

 

気に入らないことがあれば、不機嫌になったり怒鳴り散らす人

自己中心的で他人の話を聞かず、自分の価値観や考えばかりを押し付けてくる人

力や権力や立場を使って、相手にプレッシャーをかけてくる人

裏で陰口を叩いて、他人を陥れようとする人

プライドが高く、常にチヤホヤされてないと気が済まない人

自分の利益ばかり考えて、他人がどうなろうと知ったこっちゃない人

 

あなたの周りにも、「この人とは付き合いたくないなぁ、関わりたくないなぁ。」なんて人がいると思います。

僕もこれまでの人生の中で、いろんなタイプの”扱いにくい人”と付き合ってきました。

そして今では、たいていの相手とは上手くやっていく自信を身に付けることが出来ました。

 

でも未だに、関わりたくないと思うタイプの相手がいます。

未だに「本当に厄介だなぁ」と感じる相手が、実はいるんです。

 

その相手とは「弱い人」です。

正確には、「自分の弱さを利用する人」でしょうか。

 

実は本当に気を付けなければならない相手というのは、短気な人でもなく、自己中な人でもなく、弱い人なんです。

自分の弱さを利用する人といると、その人間にあなたは知らず知らずのうちに行動を操られ、場合によっては人生そのものを乗っ取られる危険さえある。

どういうことか、これから説明していきますね。

 

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 弱者=最強!?

この地球上の人類の中で、最も弱い存在と言ったら、誰だと思います?

 

もちろん”赤ちゃん”ですよね。

赤ちゃんは生まれたばかりで弱く、常に誰かに守られ、常に誰かに世話をしてもらい続けないと、生きていくことすらままなりません。

 

では逆に、人類の中で最も強い存在と言ったら、あなたは誰を思い浮かべますか?

人によって答えは様々だと思いますが、人類の中で一番強いのは、僕は”赤ちゃん”だと思います。

 

さっきも言ったとおり、赤ちゃんは自分の力だけでは生きていけません。

だから親をはじめ多くの大人たちが、赤ちゃんのために気を配り、自分の大切な時間を割き、懸命に世話をします。

赤ちゃんは自分一人では生きていけない弱い存在だから、大人が付きっきりになるのも仕方の無いこと。

 

でも赤ちゃんは周りの大人たちに向かって「あれをしろ、これをしろ」と具体的に命令を出しているわけではない。

自分のためにやらざるを得ないように、大人たちにプレッシャーをかけているわけでもない。

 

赤ちゃんは、ただ泣くだけ。

だから赤ちゃんの世話をするのが嫌なら、無視すればいい。

でも無視できない。

ネグレクト・幼児虐待といった一部の特殊な状況を除き、大の大人たちが弱い赤ちゃんにこき使われ、まるで召し使いのように四六時中付き従わされてしまっている。

極端な表現を使えば、つまり赤ちゃんは、その弱さを使って周りの大人を思い通りに動かし、大人の人生すらも支配してしまっているわけです。

 

どんなに力の強い人間でも、まともな人間なら赤ちゃんを殴ったり出来ない。

道端で一人で赤ちゃんが泣いていたら、普通の大人なら「どうしたんだろう?」「大丈夫だろうか?」と、その赤ちゃんのことが気になってしょうがなくなってしまう。

 

つまり「弱さ」とは、時には他人を支配するほどの強い「武器」となる

だから赤ちゃんは、ある意味人類最強の力(影響力)を持っていると言える。

 

そしてこの「弱さ」を、他者を操って自分にとって有利な状況を作り出すための「武器」として利用している大人が、僕らの周りにも存在する。

そして多くの人がそれに気づかず、その弱さに操られてしまっているのです。

 

 

 弱さを使えば他人を支配できる

「弱さを利用した他者支配」について、分かりやすいように実際にあった話などを使って説明していきますね。

 

 

僕には小学生の子供がいるんですが、家でよく学校であった出来事などを話したりします。

それである日子供が「学校の休憩時間中に、いつも困ったことが起こる」と言ってきました。

一体何に困っているのか聞いてみると、学校の休憩時間中にみんなでドッヂボールをするそうなんですが、毎回決まってある女の子がボールを当てられて泣き出すそうなんです。

そのたびにドッヂボールは中断し、ボールを当ててしまった子供が、泣き出した女の子の友達(大勢)から一斉に大声で責められる。

その後さらに、ボールを当てた子は先生の所に連れて行かれ、先生と泣き出した子の友達に囲まれて一方的に責められ、言い訳も出来ずに謝らされる。

 

「何かいい方法はないか…?」

と、僕なりに子供に提案をしてみたのですが、その女の子に当たらないように気を付けて投げても、いつもその女の子が逃げ遅れて、結局どうしても当たってしまう。

だからといって、誰でも取れるようなスローなボールばかり投げていては、全くゲームにならない。

しかも使用しているボールは、かなり柔らかいゴムボール。

じゃあ顔などに当たらないように低めのボールを投げるように言っても、すでにそれはやっているとのこと。

ちょっと強めのボールが体に当たっただけでも、その子はすぐに泣き出してしまう。

それなら他の子とドッヂボールをすれば?と言ってみても、その女の子は自らドッヂボールに参加してくるそうで、「やりたい」と言ってきてるのに仲間外れには出来ない。

 

子供としては、考えられる方法はやりつくした。

でも毎回その女の子が途中で泣き出してしまい、ゲームは中断し、泣き止まないまま休憩時間が終わってしまう。

子供としては、もうどうしようもない。

 

「でも、そんなにその女の子が痛がって泣き止まないのなら、休憩時間が終わっても授業どころじゃないのではないか?」

僕はそう思い、子供に聞いてみました。

すると子供から、思いもよらぬ答えが返ってきました。

休憩時間終了のチャイムが鳴った途端、泣いていたはずの女の子は、何事も無かったかのようにケロっとした顔で教室に戻っていくとのこと。

 

それを聞いて、ピンときました。

この女の子は、いわゆる「ウソ泣き」をしているのです。

泣いて弱い自分を演出することによって、周りの人間に自分を守らせ、なおかつ周りの人間を使って自分にボールをぶつけた相手を攻撃させる。

自分の弱さを利用して被害者的な立場を作り上げ、周りの人間を巻き込んで(操って)相手を攻撃する。

周りの子供たちも、知らぬ間にこの女の子の策略にはまってしまっているということです。

 

 

また、話は変わるのですが、以前に僕は仕事で駐車場の整理をしていました。

夜間帯で見通しの悪い中、車を誘導していたのですが、車を駐車した年配の男性から、いきなり次のように怒鳴られました。

「おい、お前らは障害者の車を一般人と同じ所に置かせるのか!よーし、分かった!この後すぐお前らの会社の本社に電話してやるからな!覚悟しておけよ!」

 

どうやらこの男性は、自分の車の隅っこに障害者マークを付けていたみたいで、

(こんなやつ↓)

このマークが小さい上に夜間だったため、僕らが気づかずに他の車と同じ場所に誘導してしまったのが気に食わなかったみたいで、こちらの言い分も一切聞こうとせずにスタスタ歩いて行ってしまいました。

 

このことに関して言えば、正直な話僕らが何か悪いことをしたわけではありません。

つまり、被害者も加害者も存在しないのです。

にもかかわらずこの男性は、障害者という弱さを使って勝手に自分を被害者に仕立て上げ、僕らにプレッシャーをかけてきたわけです。

 

そしてこういった人は、実は日常の中にもたくさんいる。

例えば「悲劇のヒロイン病」にかかっている人。

あなたの周りに

「私ばっかり辛い目に合ってる」

「私だけ大変だ」

「私ばかりが頑張っている」

そんな発言や態度をして、周りの人間に自分の不幸アピールをしてくる人、いませんか?

 

もしいるなら、気を付けた方がいい。

自分を弱く見せ、周りの同情をかうことによって、周りの人間を自分に都合よく動かそうとしている可能性がある。

 

でもこの程度なら、まだ大したことは無い。

これがさらにエスカレートしてくると、

「私がこんなにつらい目にあっているのに、あなたはなぜ助けてくれようとしないの!」

と言わんばかりに、あたかも自分は被害者であなたが加害者もしくは”人でなし”であるかのように錯覚させ、自分の要求を通すためにあなたを操ろうとしてくる。

(*人でなし=人情の無い人、恩義をわきまえない人。)

またはあなたに加害者意識を植え付けさせるのではなく、あなたの正義感や義務感などに訴えかけて、あなたを操ろうとしてくるかもしれない。

そしてそういう人間の思惑に巻き込まれてしまえば、あなたの思考や行動は乗っ取られ、貴重な時間や労力、場合によっては金銭的な部分まで奪われ、あなたの人生は狂い始める。

 

特に気を付けなければならないのは、自分の身内や友人、恋人、普段親しく接している人たちの中に、そういった人がいる場合です。

例えば「子供だったら年老いた親(私)の面倒を見るのが人として当然だ」とか、「恋人なんだから、私のワガママを聞いてくれても当然だ」とか、言われたことは無いですか?

相手に感情移入しやすい・相手の要求を拒みにくい関係であればあるほど、相手の思惑にはまりやすくなる。

縁を切りにくい相手であるほど、一度はまると抜け出せなくなってしまう。

基本的に被害者意識の強い人は、無意識に自分の弱さを利用していると思った方がいい。

 

 

 あなた自身は、どうですか…?

そして最も気を付けなければならないのは、「自分自身が弱さを利用して、他人を都合良く操ろうとしていないか?」ということ。

 

もちろん人間は誰しも弱い部分を持っています。

思わず愚痴や弱音が出てしまうことも、当然あります。

僕だって愚痴や弱音を言ってしまうことは、やっぱりあります。

 

そしてこの世界には、完璧な人間など一人もいません。

人それぞれ得意・不得意があり、お互いに助け合い補い合ってこそ、人生が充実したものとなる。

困った時は人に力を借り、そして困っている人がいれば助けてあげればいい。

 

僕らは常に完ぺきであろうとする必要は無い。

何でも自分一人でやろうとする必要も無い。

時には人に甘えたっていい。

頼ることがあったっていい。

 

でも、困った時に誰かに助けを求めるのと、自分の弱さを武器にして相手を自分に都合良く操ろうとするのは、全く違う。

相手が自分を助けてくれるかどうかは、あくまで相手の意思で判断し相手が決めること。

弱さを武器にするといった、相手の意に反して強制的に相手を動かしてしまうのは、単なる身勝手な自己中心的な考えであり、それじゃあまるで主人と家来みたいな関係ですよね。

同じ人間としての、対等の関係ではない。

共に手を携え助け合って生きる関係とは言えません。

 

そして弱さを武器として使っている限り、人間としての成長も無い。

これはなぜかというと、弱さを武器にしている限り、いつまで経っても弱さを言い訳にし続けて、自分では何もしなくなってしまうから。

自分の向き合うべき問題に対し、他人任せにして逃げ続けてしまってる状態なんです。

つまり、他人に強く依存しなければ生きていけないということ。

いつまで経っても自分の足で立つことが出来ない。

いくつになっても、精神的に自立することが出来なくなるのです。

 

 

あなたの人生は、あなたのもの。

そして相手の人生は、相手のもの。

お互い一人の独立した人間として自分の足で立ち、そしてお互い精神的に自立した人間同士として、共に手を携え、共に助け合い、力を合わせて生きていく。

共に成長し高めあえる関係こそが、僕らに必要な人間関係。

弱さを前面に出し、利用している限り、お互いプラスになることは何もない。

 

どんな人間関係を築いていくかによって、僕らの人生の質は全く変わってくるもの。

だって、この社会は基本的に人間関係で成り立っているのですからね。

 

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