仁の「学校では教えてくれない人間関係の秘密。」

*

仁のプロフィール ~僕がブログを書き続ける理由~


 

 

ある朝、僕はいつものように目覚めた。

今日も同じ一日が始まる…

 

そうだ、仕事に行かなければ。

体を起こそうとした僕は、いつもとは違う妙な違和感を感じた。

 

‥‥体が動かない。

 

突然激しい頭痛が僕を襲った。

頭が石のように重い。

この時僕は、これまでにないほどの偏頭痛(へんずつう)に襲われていた。

 

僕は、自分の心がもう限界に達しようとしているのを感じていた…

 

 

 

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 『仁』のプロフィールへようこそ

どうも、当ブログを運営している『仁(じん)』と申します。

僕のブログ、そしてプロフィールページへ来て下さって、ありがとうございます。

このページでは僕自身のこと、そして僕がなぜこのブログを書いているかなどについて話そうと思います。

 

僕は現在39歳(2015年11月現在)、一児の父親です。

このブログでは、主に人間関係を中心に綴っています。

なぜ僕が人間関係について書いているのか?

それを説明するには、僕自身の幼少期から話さなければなりません。

 

この記事は他の記事に比べ、ボリュームが結構多めになってますので、今あなたが忙しくてあまり時間が無いのであれば、時間のある時にゆっくり読んでみてください。

 

では、どうぞ。

 

 

 

 居場所を無くした幼少期

僕は、とある地方都市で、警察官の父、専業主婦の母、そして兄・姉という家庭に生まれた。

傍(はた)から見れば、ごく一般的な家庭。

ただし、父を除けば。

 

父はいわゆる仕事人間で、三度の飯より仕事が好き。

そして一切の妥協を許さない。

事件が起こればすぐさま飛んで行き、現場には一番乗り。

誰よりも努力し、誰よりも勉強し、常に結果を出し続ける。

そして、恐ろしいほどの自信家。

 

仕事人間の父は、仕事場でのやり方を家庭にも持ち込んだ。

子供に対しても妥協を許さず、言い訳などは一切受け付けない。

僕らきょうだいは常に結果を求められ、結果を出してもさらに上の結果を求められた。

そんな父に、兄と姉は反抗した。

しかし僕は違っていた。

僕は父が怖くて、何一つ反抗出来ずにいた。

 

きょうだいの中でも最も要領の悪かった僕は、物心ついた頃から常に父からダメ出しをされ続けていた。

これまでの人生を振り返っても、おそらく父からまともに認めてもらったことは一度も無い。

ひたすら父から否定され続けた。

 

しかし父は少しも気づいてなかった。

僕の中で少しずつ、何かが壊れ始めていたことを。

 

僕は次第に、自分の殻に閉じこもるようになっていった。

やがてストレスからか、僕はチック症の症状が出始めるようになっていた。

僕の意識とは関係なく出てしまうため、自分では止めることは出来なかった。

父も「放っておけば勝手に治るだろう」ぐらいにしか考えていなかっただろう。

まさかこのチック症が、この先何十年と僕を苦しめることとなるとは夢にも思わなかったはず。

 

やがて僕の「殻に閉じこもる行為」は、父だけでなく周りの大人、主に大人の男性をイライラさせ始めた。

僕は学校の先生やクラブの先生など、大人の男性から殴られたり嫌がらせを受けるようになっていた。

 

僕は世界から拒絶された。

この世界にはもう、僕の居場所は無い。

 

僕はさらに、自分の殻に閉じこもるようになっていった。

母がいなければ、僕は死んでいた。

 

 

 

 追いかけはじめた理想

やがて僕は社会人になった。

社会人になって僕が選んだ仕事、それは「葬儀社」。

この仕事に父は猛反対。

しかし反対するのも当然かもしれない。

 

僕が葬儀業界に入った当時、葬儀社の社会的地位はとても低かった。

・死体処理の仕事

・死の穢れ(けがれ)に染まった仕事

・人の死を金儲けに利用する仕事

そんな「誰もやりたがらない仕事」として、広く認識されていた。

 

だからとにかく反対された。

でも僕は譲らなかった。

生まれて初めて僕は、父に反抗した。

この時唯一本気で賛成し、父とケンカをしてまで僕を守ろうとしてくれた兄の姿は、涙が出そうなほど嬉しかった。

今でも昨日のことのように、はっきりと思い出せる。

 

そもそもなぜ、周りの反対を押し切ってまで僕は葬儀の仕事を選んだのか?

実はもともと葬儀の仕事がやりたかったわけではない。

僕が最初に選んだ仕事は「結婚式場」だった。

人を喜ばせることを仕事にしたい、そう思い結婚式場のフロント希望としてある会社に飛び込んだ。

しかしそこで、僕は強烈な違和感を感じる。

そこには僕が思っていたものとは全く違った世界が広がっていた。

 

当時は結婚業界自体が落ち目の傾向にあり、僕が飛び込んだ会社には、「売り上げ至上主義」「お客さんを喜ばせる気などサラサラ無い」、そんな空気が場を支配していた。

「こんな会社、続けていけるだろうか‥‥」

そう思っていた矢先、この会社が経営する葬儀部門に突然手伝いに行かされることとなった。

「葬儀をする気なんて、カケラも無い」そう思いながら行かされた場所には、再び僕が思っていたものとは全く違う世界が広がっていた。

そこには、遺族の心に寄り添うスタッフ、どうすればお客さんが喜んで下さるか頭を悩ませる姿、そんな光景が広がっていた。

 

僕はやっと、自分の居場所を見つけた。

当時の上司の反対を押し切り、僕は葬儀部門へと異動した。

 

この時から、葬儀を通じて多くの人を見続けてきた。

多くの人の最期、そして多くの人の人生。

いつしか僕は、「人はなぜ生きるのか?」という答えの無いものを、自分自身に問い続けるようになっていた。

でもいくら問い続けても、やはり答えは出てこない。

でもひとつだけ確信したことがある。

 

葬儀は大切な人の最期を見送る場。

身近な人の死を受け止めることにより、「生きること」を真剣に考える場。

つまり葬儀とは「人間教育の場」。

人が人として成長するための、大切な場であること。

 

葬儀の仕事に携わりながら僕は、昔の自分を思い出していた。

世界から拒絶され、自分の居場所を無くし、殻に閉じこもり続けた幼かった頃の自分。

もう二度とあんな辛い思いをしたくない。

そして誰にもあんな悲しい思いをさせたくない。

いつしか僕は、葬儀という仕事を通じて日本の教育自体を変えていきたい…と、本気で思うようになっていた。

 

 

 

 独立への道

順調に思えていた僕の葬儀人生。

しかし次第に暗雲が立ち込め始める…

 

葬儀に携わる人間として独り立ちし、ある程度経験を積んできた頃から、次第に僕は上司や年上の先輩とぶつかるようになっていった。

同僚や後輩とは良い関係が築けているのに、それが上司や年上となると、どうしても上手くいかない。

時には怒鳴り合いのケンカにまで発展してしまう。

 

そしてこの頃から、僕の体に様々な症状が現れ始めた。

幼少期に発症したチック症の悪化。

ストレスからくる偏頭痛。

そしてあがり症の症状。

 

偏頭痛は何とか薬でごまかすことが出来たが、あがり症はなかなかごまかすことは出来ない。

酷い時は、一度プレッシャーがかかるだけで2~3日もの間、手の震えが止まらないこともあった。

 

何かが狂い始めている‥‥

僕の中で、再び何かが崩れ始めていた。

 

そうしている内、次第に葬儀部門の方針も変わり始めてきた。

結婚式部門と同じように、売り上げ至上主義に変わり始めてきたのだ。

お客さんからは、取れるだけお金を取れ、売り上げを上げてこないヤツは給料も出さない、そう会社が言い始めた。

僕を取り巻く全てが少しずつ、そして確実におかしくなり始めていた。

 

 

会社に対する不信感が募り始めた頃、ある人間との出会いがあった。

この出会いが、その後の僕の人生を大きく変えていくこととなる。

 

僕と同じ会社に所属していた彼は、僕とは違う理想を持っていた。

しかし「葬儀業界を変えていきたい」という思いは同じだった。

そんな彼と意気投合し、それから彼とは共に独立への道を志す同志として行動を共にするようになった。

 

彼は、思い立ったら即行動に移す人間で、正直危なっかしくて仕方がなかったが、その反面人一倍行動力のある人間だった。

その彼に半ば引きずられるかのように、僕も独立を目指した。

しかし独立といっても、肝心の資金が全く無かった。

銀行からまとまったお金を借りられるような実績も無い。

独立の計画を着々と立てながら、僕らはスポンサー探しに奔走した。

 

何度も計画が行き詰まりながらも、とうとうスポンサーを見つけ出し、僕らは新たな葬儀社の立ち上げに成功した。

しかしこの時、葬儀業界の誰もが「僕らは失敗する」と思っていた。

というのが、どの業界でもそうだと思うが、葬儀業界というのは新たに会社を立ち上げても1~2年はまともに仕事は入らない。

知名度を上げて消費者から信頼を得るのは、そう簡単ではない。

しかも僕らには、葬儀を引っ張って来るようなツテや人脈も何も無い。

おまけに今は会館での葬儀が主流…にも関わらず僕らは会館すら持っていなかった。

まさに無い無いづくしの、ゼロからのスタート。

誰もが失敗すると思った。

 

僕らはとにかく必死だった。

休みも取らず、家庭も顧みず、全てを犠牲にして、不安の中ひたすら走り続けた。

出来ることは全てやった。

どんなことでもやった。

その結果、僕らはわずか半年で会社を軌道に乗せることに成功した。

 

おそらく周りの葬儀社からすれば、脅威に感じたかもしれない。

実際に何度か、他の葬儀社から嫌がらせや妨害も受けた。

でも僕らは、ひたすら前へ進み続けた。

ズタボロになりながらも走り続けた。

もう少しで道が開ける…そんな希望が見え始めた頃、僕が追い求めた理想を粉々に打ち砕く事件が起こる。

仕事に夢中になっていた僕は、静かに忍び寄る影に気づきもしなかった‥‥

 

 

 

 真っ二つに折れた心

ある年の年末、もう12月も終わろうとしていたある日、仕事も終わり僕は家に向かい車を走らせた。

自宅に着きドアを開けると、僕は妙な違和感を感じた。

そっと家の中に足を踏み入れると…誰もいない。

僕の家はもぬけの殻になっていた。

明るく鳴り響いていた子供の声は、もうそこには無い。

 

僕の家庭は崩壊した。

 

 

家族はおそらく実家に帰っているはず。

今すぐ連れ戻しに行きたい。

でも僕の仕事は葬儀。

24時間365日、いつ葬儀の依頼が入るか分からない。

一旦依頼の電話が入ると、その時何をしていようが、その瞬間会社に置いてある寝台車に乗って病院に向かわねばならない。

つまり、会社から離れることが出来ない。

 

僕は自分の無力さを痛感した。

あまりにも情けなくて涙が出てきた。

会社立ち上げという危ない橋を渡ることによって家族までも危険にさらしただけでなく、自分のことで精一杯になって家庭も全く省みない。

自分の理想ばかり追い求めて、家族を犠牲にし続けた。

家庭が壊れても当然。

自分の子供すら守れないのに、何が理想だ…

 

この時僕の心は、完全に折れた‥‥

 

 

 

 決意が世界を変える

その後何とか家族も戻って来てくれて、またいつもと変わらぬ日常が始まった。

しかし、僕にはもう生きていく気力は残されていなかった。

生きる目的を、失っていた。

この頃から、毎日のように死ぬことを考えるようになっていた。

 

 

ある朝目覚めると、自分の体に違和感を感じた。

体を動かそうとすると、頭に激しい痛みが走る。

まるで頭が石になったかのように重い。

仕事に行くどころか、体を起こすことすら出来ない。

偏頭痛、しかもこれまでのものとは比べ物にならない程のもの。

僕は、自分の心が限界に達しているのを感じた‥‥

それからしばらくして、これまで共に走り続けてきた仲間に仕事を辞めることを告げた。

 

僕はこれまで追いかけ続けた理想を、自らの手で捨てた。

葬儀を通じて日本の教育を変えていきたい、

幼い頃の僕のような思いを、もう誰にもさせたくない、

みんなが自信を持ち胸を張って生きていける世の中を作っていきたい、

理想を捨てると共に、生きる理由も僕は失った。

 

 

それから僕はいくつかの職場を点々とした。

転職先もやはり同じ葬儀業界ではあったが、どこの職場へ行ってももう自分の仕事に価値を見出すことが出来なくなっていた。

ただやるべきことをやるだけ。

ただそれだけ。

それ以上も、それ以下も、無い。

そんな日々がしばらく続いた。

 

やがて景気の悪化と共に給料も減り始め、しだいに僕の生活は苦しくなり始めた。

自宅のローンやその他の出費が重くのしかかり、家を売ることも僕は考えるようになった。

 

自分の力の無さに、ほとほと愛想が尽きた。

力が無いのは”罪”。

力が無ければ愛する人さえ守れない。

力が無ければ大切な人も危険にさらしてしまう。

 

でもこんな無力な僕にさえ、子供は慕ってきてくれる。

父親だと認めてくれる。

こんな情けない僕を、頼りにしてくれる。

 

僕の中で、再び何かが壊れた。

その壊れたものとは、これまでの弱かった自分。

何があってもこの子は僕が守る。

己の命をかけて、必ず守り抜く。

 

これまでずっと、死ぬことを考えながら生きてきた。

「俺にはもう存在する価値は無い」

「俺なんか死ねばいいのに」

そう思いながら生きてきた。

死にたいと思いながら、死を選べずに生き続けてきた。

しかし僕はこの時、自らの意思で【生きる】と決めた。

自らの意思で、生きることを選択した。

 

そしてこの生きる決意が、僕を取り巻く世界を大きく変え始めた。

 

 

 

 やっと気付いた父の想い

この時から僕は、子供を中心に全てを考えるようになっていった。

子供にとって、どんな接し方、言葉がけ、行動をすればいいか、常に考えるようになった。

 

しかし上手くいかない。

少しも自分の思うようにいかない。

どうして‥‥

 

考え抜いた末、ある重要なことに気付いた。

上手くいかない理由は単純。

それは「僕自身の人間的レベルが低いから」。

 

子供といえど、ひとりの独立した人間。

他人を自分の思うように動かし操ることなど出来ない。

例えこちらの言うとおりに行動したとしても、それは表面上の話。

その人間の心は動いていない。

その人間の心や本心を思い通りに動かすことなど、他人には出来ないのだ。

 

しかし実は、人を本心から動かす方法がひとつある。

その方法とは「影響力」。

人は言葉だけでは動かない。

その言葉に影響力が加わってこそ、本心から行動を起こす。

つまり今の僕は、子供に対して影響力を持っていないということ。

子供の目に僕は、憧れるような魅力的な大人として映ってない証拠。

僕の言葉に説得力が無いのも、子供からの信頼を勝ち取ることが出来てない証拠。

つまり子供を教育していくためには、僕自身が人として今以上に成長していかなければならいということ。

 

子供を教育するつもりが、逆に僕自身がたくさんの大切なことに気づかされた。

そしてもうひとつ、大切なことに僕は気付いた。

それは「父の気持ち」。

 

僕は物心ついた時から、父からずいぶん厳しく教育されてきた。

そんな父を嫌い、恨みながら生きてきた。

でも自分が父親という立場になって、やっと気付いた。

僕の父は、いつだって僕に対して本気だった。

本気だからこそ、あんなにも厳しくなってしまったのではないか。

そのことに、今頃になってやっと気づくことが出来た。

 

この気付きによって、この後僕にとって人生最大の変化が訪れることとなる。

 

 

 

 最大の欠点が強力な武器へと変わった瞬間

父の思いに気づいてから、僕は父を憎しみの対象から、いつしかひとりの人間として見るようになり始めていた。

 

僕の父は昔気質の人間で、「自分が法律だ!!」と言わんばかりの人間。(実際に「わしが法律じゃ!!」と言って怒られたこともある)

そんな人だから、子供に対する接し方も分からない。

どう扱っていいか分からない。

でも子供を大切に思ってるから、説教にもつい熱が入ってしまう。

 

そう思うと、僕の中からあれほど僕の心を占めていた父への恨みがだんだん消え始め、逆に父への感謝の気持ちが芽生え始めた。

僕はやっと父を許すことが出来た。

そして僕に起こった心の変化は、何の取り柄も無かった僕の中に強力な武器が隠されていたことを気づかせてくれた。

 

 

僕は物心ついた頃からずっと、父をはじめ周りの大人たちの機嫌を常に窺(うかが)いながら生きてきた。

大人たちの機嫌はどうか、良いのか悪いのか、今何を考えているのか、とばっちりが僕に飛んで来ないだろうか…そんなことばかりを常に考えながら生きてきた。

そしてその癖は、社会人になってからも変わらなかった。

常に上司や先輩の機嫌や心の状態を無意識に観察していた。

そして上司や先輩を恐れるあまり、しなくてもいいケンカや怒鳴り合いをやってしまうことも何度もあった。

 

「人が怖い」

僕の心を縛りつけ、人生を狂わせ続けた「他人への恐怖心」。

しかし父に対して起こった僕自身の心の変化が、僕を取り巻く世界の全てに波及し始めた。

父を許せたように他人に対しても許す心が生まれ、父を恐れなくなったように他人への恐怖心が薄らいでいくのを感じ始めた。

 

そして僕の人生を狂わせていた「他人の目を異常に気にする癖」が、いつしか僕にとって心強い武器となってくれていた。

異常に他人を恐れる心が、自分でも気付かぬ間に「異常なまでの観察眼」を作り上げていた。

僕はいつの間にか、他人の感情が読めるようになっていた。

相手の目線、表情、声の強弱、発する言葉、体の動き…そういったものの微妙な変化から、相手の中に今どんな感情が沸き起こっているのかが読み取れてしまう。

場合によっては短期間で相手の性格や人となり、相手の抱えるコンプレックスやトラウマ、そんなものまでも見えるようになっていた。

 

もちろんこれは、別に僕が望んで身に付けたものではない。

むしろ僕にとっては、自分を守るためにどうしても身に付けなければならなかった”忌むべきスキル”。

しかし皮肉にもこのスキルによって何も取り柄の無かった僕が、生まれて初めて自分に自信を持つことが出来た。

そしてこのスキルを使えば、なぜ人間関係が上手くいかないのか、その理由や原因を解き明かすことが出来るのではないか、僕はそう考えるようになっていった。

 

 

 

 終わりに…

かつては経済大国として、世界から羨望のまなざしを向けられていた日本。

しかし今の日本には、以前のような勢いを感じることは出来ません。

景気にも陰りが見え、回復の兆しは全く見えてきません。

 

経済の発展と共に、これからおそらく世界はますます機械化が進みます。

機械化が進めば進むほど、人はいらなくなります。

企業はコストを下げるために海外に工場を構え、または人件費を抑えるために外国人労働者を多く雇ったり、様々なものを海外へ外注に出したりし始めています。

完成度の高い日本製品は売れ残り、値段の安いものへとみんな流れ始めています。

日本にとって、まさに”弱肉強食”の世界が、もうすでに目の前にやって来ています。

 

今の日本には、希望が感じられません。

こんな日本にしてしまったのは、僕ら大人たちの責任。

このままでは次の世代を担う若者たちが、夢や希望を持って社会で頑張っていくことは出来ない…

 

 

僕には理想があります。

【日本の教育を変えていきたい、日本人の考え方や意識を変え、みんなが自信を持ち胸を張って生きていけるような世界にしたい。】

これは、かつての僕が一度は捨ててしまった理想です。

僕はこの日本を変えていきたい、本気でそう思います。

 

 

僕の掲げる理想、あなたは笑いますか?

「お前なんかに何が出来る?」

「日本人の意識を変えるだなんて、大それたことを…」

だなんて思いますか?

 

確かに僕は教員免許を持っているわけではありません。

心理学などを基礎から専門的に学んでいるわけでもありません。

高い社会的地位や強い権力を持っているわけでもありません。

 

ブログで話す内容は全て、僕自身の実体験と、独自に学んだことによって導き出した法則です。

ある意味”我流”に近いと言えます。

だから100%正しいとは言いません。

でも、絶対の自信があります。

なぜなら単なる教科書から学んだ知識ではなく、全て自分が苦しみ痛い思いをして得た真実だからです。

 

学びには臨場感が必要です。

例えば社会の授業で歴史を学ぼうと思っても、あれだけ教科書を読んでも頭に入らなかった内容が、マンガや物語調の説明だと、スっと頭に入ってしまう、って経験ありませんか?

教科書のような整えられた実感の無い言葉では、心に響かないんです。

生の実体験に基づく臨場感のある言葉じゃないと、心に届かないんです。

 

先ほども言いましたが、僕の話す内容は全て僕自身の実体験に基づいたもの、実体験に様々な学びをプラスして導き出した法則です。

僕は自分自身の心を見つめ直すことにより、これまで自分の人生を変え続けてきました。

 

幼少期から何十年と僕を苦しめてきたチック症。

社会人になってから、ここぞという時に僕の邪魔をし続けてきた極度のあがり症。

そして僕を思考停止に陥(おとしい)れ、体の自由さえも奪った偏頭痛。

 

自分と本気で向き合うことにより、僕を苦しめ続けたこれら3つの症状も、数か月で完全にコントロールできるようになりました。

【人間は本気で変わろうと思えば、変わることが出来る】

僕はそれを、僕の後に続く世代に伝えていきたいんです。

 

もちろん今の僕には、世の中を変えていく力などありません。

日本人みんなの意識を変えていくような力など、到底ありません。

でも全てを変えていく力が無くとも、自分の手の届く範囲だけでも変えていくことは出来る。

僕に関わってくれる人たち、そして、こうして僕のブログを読んでくれているあなたにも、僕が経験し、得たことを伝えることは出来る。

 

 

僕はまだまだ成長の途中です。

学ぶべきことは、まだたくさんあります。

上手くいかないこともいっぱいあるし、自分の力ではどうにも出来ないこともたくさんあります。

でも、それでも前に進み続けます。

前へ、前へ、進み続けていきます。

 

あなたはどうですか?

もしあなたの心に何かしらの迷いがあるのなら、あなたさえ良ければ僕と共に歩んでいきませんか?

良かったら、お気軽にコメントをください。

記事の感想でも、あなた自身の抱える悩みでも、僕に対する意見やアドバイスでも、何でも構いません。

返事が遅くなることもありますが、必ず返事を返します。

 

こんなにも長い文章を最後まで読んでくださって、本当に本当にありがとうございます。

僕の個人的な話にここまで付き合って下さるということは、あなたはもう僕の仲間ですね(笑)

では、ブログ記事内でまた会いましょう。

 

 

ー仁よりー

 

 

 

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公開日:
最終更新日:2018/06/21

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Comment

  1. ラクーン より:

    はい、仲間です。
    ブログ楽しみに毎日チェックしています。
    これからもよろしくお願い致します!

    • jin-kouno より:

      ラクーンさんへ

      仁です。
      コメントありがとうございます。
      仲間が出来て、すごく嬉しいです!!

      更新頻度にかなりムラがあると思いますが、頑張って更新していきますので、これからも宜しくお願いしますね。

  2. N、N より:

    一児の母です。
    全てが望む事と反対の現実が起き、苦しみながら日々過ごしております。
    いろいろ調べていたら、あなたのブログにたどりつき興味を持ちました。

    • jin-kouno より:

      N、Nさんへ(仁より)

      辛い中コメントを下さって本当にありがとうございます。
      僕もこれまで、やることなすことが裏目に出てしまい、生きることに希望を失ったまま生きてきました。

      僕とN、Nさんの置かれている状況は、もちろん違うと思います。
      でも僕のこれまでの経験が、N、Nさんのこれからの人生において少しでも参考になるよう全力で記事を書いていきます。

      もしご質問などあれば、またコメントをいただければと思います。

  3. mosayune より:

    はじめまして。

    僕もすがる思いで仁さんのブログにたどり着きました。

    プロフィールに書いてあることが自分の置かれた環境と近く、歳も同じじで、勝手に仲間意識を持ち興味深く拝見させていただいています。

    考え方、捉え方を変えたプロセスなどお聞かせ頂けれると嬉しいです。

    • jin-kouno より:

      mosayuneさんへ

      はじめまして、仁と申します。
      ようこそ僕のブログへ来て下さいました。

      mosayuneさんは僕と同じ歳なんですね。
      しかも置かれている環境も僕と非常に似てらっしゃる。
      ということは、mosayuneさんはもうすでに僕の仲間ですね。

      考え方や捉え方を変えたプロセスなども、また書かせていただこうと思います。
      更新頻度にかなりムラがありますが、mosayuneさんのご参考になれるような記事を全力で書いていきますので、これからも宜しくお願いします。

      僕もまだまだ未熟な部分もあります。
      共に前に進んでいきましょう!!

  4. ひだまり より:

    はじめまして。ひだまりと申します。
    「感情が乱れる」 というフレーズでこちらまでたどり着きました。
    仁さんのプロフィール拝読させていただきました。
    仁さんの書かれる文章から、とても誠実なお人柄を感じました。
    私にも二十歳を過ぎる子供がおります。
    今まで本当にたくさんの山あり谷ありの人生を経験してまいりました。
    (まだまだ途上ですが・・汗)
    そして今、心理学の勉強をしております。
    こちらで、いろいろと学ばせてくださいね。
    どうぞ宜しくお願いいたします。

    • jin-kouno より:

      ひだまりさんへ(仁より)

      初めまして、仁です。
      僕のプロフィールを読んでくださってありがとうございます。

      ひだまりさんは心理学の勉強をしておられるんですね。
      そしてこれまで多くの山あり谷ありの大変な人生を歩んでこられた…

      ぜひひだまりさんのこれまでの人生や人生観を聞いてみたいです。
      僕もまだまだ発展途上中です。
      学ぶべきことはまだまだたくさんあります。
      僕の記事や考えに対し、ひだまりさんの知識や経験を踏まえた上でのお考えなどがあれば、ぜひ教えていただきたいです。

      これからも宜しくお願いしますね。

  5. タンポポ より:

    初めまして、タンポポと申します。
    仁さんのブログいくつか拝見させていただきました。
    読んでいていつの間にかぬるま湯に浸かり始めているのは自分なのかもしれないと思いました。
    これからどうやって自分の心を取り戻したらいいのかまだ分かりません。
    人に対してもドライになりつつある自分が怖いです。
    また寄らせて頂きます。ありがとうございます。

    • jin より:

      タンポポさん、メッセージありがとうございます。

      僕は随分長い間、ぬるま湯に浸かりきっていました。
      その結果、強制的に人生の問題と向き合わされることとなってしまいました。

      僕自身、今も手探り状態で生きています。
      迷うことも、いっぱいあります。

      このブログで書いている記事も、手探り状態から見つけ出した答えであり、100%正しいと断言できるものでもありません。
      タンポポさんにとって、僕の記事がどこまで参考になれるのかは分かりませんが、少しでも参考に出来る部分や人生を変えるきっかけになれる部分があれば、とても嬉しく思います。

      何かあれば(何かなくても?)、遠慮なくメッセージ下さいね。

      では。
      仁より

  6. ちか より:

    仁さん、ありがとうございます。仁さんの言葉には、安心感があります。
    目から鱗です。難しく考えていた自分がいた。生きもうけしていくには、人間関係は外せません。まだ、記載したプログを全部読んでいませんが、お気に入りに入れたのでコツコツ読んでいきたい。仁さん 経験から得た生の実体験に基づく臨場感のある言葉 私にはよく、解り実践していきたいと心から思いました。感謝。

    • jin より:

      ちかさん、コメントありがとうございます。

      僕なりに自分自身が抱えている悩みを突き詰めていくと、その根っこは全て人間関係に対する悩みでした。

      全て…と言い切ることは出来ませんが、人の抱える悩みは人間関係(対人関係)が元になっていると僕は考えています。

      僕は心理学などを専門に学んだりしてきたわけではありませんが、もし僕の経験がちかさんにとって少しでもご参考になれれば、とても嬉しく思います。

      僕自身、まだまだ学びの途中です。
      まだまだ成長していきたい、もっともっと進化していきたい、そう思います。
      ちかさんさえ良かったら、一緒に歩んでいきましょう。
      何かあればご遠慮なさらずメッセージ下さいね。

      では。
      仁より

  7. akira より:

    色々勉強していて、こちらに辿り着きました。

    経験された方のリアルな言葉というのは
    本当に人を救う力になります。

    私はカウンセラーをしておりますが、
    仁さんと同じように自分自身が様々な経験をして
    少しでも自分と同じような事で悩んでいる方の力になりたいと思ったからです。

    キレイ事だけでは生きてはいけない。
    でも人のココロを救う術や人の優しさを
    届ける事は出来る。

    元気と勇気を貰いました!
    ありがとうございます( ´∀`)

    • jin より:

      akiraさん、メッセージありがとうございます。

      ブログ、拝見させていただきました。
      とても優しく分かりやすい言葉で書かれた文章、思わず読み入ってしまいました。

      でも個人的に好きなのは「akira節(愛の説教部屋)」です^^
      シビれました。

      これからもakiraさんのブログで、たくさん学ばせてもらいますね。
      宜しくお願いします。

      仁より

  8. ねねこ より:

    初めまして、ねねこと申します。
    私は自己肯定感が低く、そんな自分を変えたいと色々な自己啓発の本や記事を読んでいます。
    いくつか読ませて頂きましたが、共感する部分が多く、読み始めたら時間を忘れる程でした。そして『もうすでに仲間ですね』の言葉に涙が込み上げてきました。
    言葉に温かみがあり、読む毎に成長出来そうな気がしました。多くの悩んでる人に読んで欲しいです。
    これからも読ませて頂きます。
    応援しています!

    • jin より:

      ねねこさん、
      メッセージありがとうございます。
      仁です。

      僕の長~いプロフィールを読んでくださって、ありがとうございます(笑)

      僕はいわゆる、「人生の落ちこぼれ」でした。
      常に劣等感にまみれ、周りのみんなと同じようにただその日一日を生きることさえ苦しい、だからといって死ぬ勇気もない、そんな人間でした。

      でも、落ちこぼれには「落ちこぼれにしか見えない景色」がある。
      優秀な人間には気付くことすら出来ない「人間の本質」が見える。

      僕はこれまでずっと底辺を生きてきました。
      そして、底辺から這い上がりました。

      底辺から這い上がるという過程を経なければ見えない景色がある。
      底辺から這い上がった人間だからこそ、その「這い上がり方」も分かる。

      僕はまだまだ未熟です。
      まだまだ成長したい、
      もっともっと進化していきたい、
      子供達が憧れるようなカッコイイ大人になりたい、
      いつも、そう思っています。

      そしてブログなどを通して僕のつたない経験をより多くの人に伝え、その魂に勇気の炎を灯すことが己の使命だと思っています。

      ねねこさん、何かあれば遠慮なくメッセージをください。
      一緒に前に進んでいきましょう!!

      仁より

  9. マイ より:

    幼少期の父親への想い、そして異常なまでの他人の視線、子育ての悩みなど、仁さんの言葉にはげまされました。
    自殺願望が消えず闘ってる毎日ですが、仁さんの仲間として迎えてもらえるなら少しずつ前を向いていきます。
    ありがとうございました。

    • jin より:

      マイさん、メッセージありがとうございます。
      そして返事が大変遅くなってしまい、本当にすみません。

      かつての僕も、
      「俺なんか、死んだ方がいい。
      いや、死んで全てを終わらせてしまいたい。
      死んで、もう全ての苦しみから解放されてしまいたい。」
      そう思いながら生きてきました。

      生きる意味や目的を考える以前に、その日一日を生きながらえることで精いっぱい、ただ生きることさえとてつもない困難だと感じながら生きてきました。
      もちろんマイさんの置かれている状況や苦しみは、僕と同じとは限らない。
      でも、ただ生きていることさえ困難で苦しいという気持ちは、分かるつもりです。

      マイさん、
      僕にメッセージをくれた瞬間から、マイさんは僕の仲間です。
      僕にはまだまだ力が足りない。
      でも僕と縁を結んでくれた人には、絶対に僕と同じような思いをしてもらいたくない。
      自分らしい人生を、自分の足で歩いてもらいたい、そう思っています。

      何かあれば、遠慮なくメッセージを下さい。
      僕に出来ることは限られているかもしれない。
      でも、共に生きる仲間として、一緒に歩ませてもらいます。
      共に前に進んでいきましょう。

      仁より

  10. やめおじ より:

     今日から私も仲間に入れて下さい。
    もうすぐ59歳、職を転々とし現在は介護の仕事をしています。
    認知症の高齢者のお世話はある意味、人間の限界を見るという悲しい仕事でもあり、たいへん興味深い仕事でもあります。
    それはそれで楽しくやっているのですが、職場の人間関係の難しさはどこに行っても、いつまで経っても苦手です。そんな時こちらのブログを拝読し、これは参考になると思いました。今日はプロフィールを読ませていただきました。ひとつずつ読んで勉強させていただきたいと思いますのでよろしくお願いします。

    • jin より:

      やめおじさん、メッセージを下さってありがとうございます。

      「今日から私も仲間に入れて下さい」
      もちろん大歓迎です。
      こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します。

      やめおじさんは、介護の仕事をされているんですね。
      「認知症の高齢者のお世話はある意味、人間の限界を見るという悲しい仕事」
      とても深く、そして重い言葉ですね。

      それにしても、人間関係というのは本当に難しいものですね。
      僕もブログでは偉そうなことを言ってますが、僕自身まだまだ未熟であり、試行錯誤の毎日です。

      僕のブログは基本的に、自身の実体験をもとに記事を書いています。
      心理学などを基礎から学んだりしているわけでもありません。
      だから記事によっては、かなり偏った内容になっているものもあると思います。
      もしご参考にしていただける部分が少しでもあるのなら、嬉しく思います。

      僕もまだまだ学びの途中です。
      もっと成長したい、もっと進化したい、そう思っています。
      もし僕と共に学びの道を歩んでいただけるのなら、これほど嬉しいことはありません。

      何かあれば、遠慮なくメッセージを下さい。
      返事が遅くなることがよくありますが、必ず拝見させていただき、返事をさせていただきます。
      ではでは、どうぞよろしくお願いします。

      仁より

  11. 匿名希望 より:

    コメント失礼します
    仁さんの今に至るまでの生活がすごく心に響きました
    仲間になりたい、と思っても私にはなれないです
    私は重症ではないけど鬱の傾向があると診断されました(インターネットにある診断で)
    なぜなれないと思ったかというと、私の家は普通の家です
    仁さんや他の皆さんのように親が厳しいとか、虐待とかそんなのは全く無くて極普通の一般家庭です
    いつから、なぜ自分がこんな事になっているかは分かりません
    自己分析してみたのですが、その結果、無気力・(悪い意味での)自意識過剰から来ているのではと思います
    合っているか分かりませんが、全て私の心から来ているという事なのでどうしたらいいのか分かりません
    お返事いただけると嬉しいです
    長文すみません

    • jin より:

      匿名希望さん、メッセージありがとうございます。
      そして返事が大変遅くなってしまい、本当にすみません。

      メッセージ、拝見させていただきました。
      それでまず最初に伝えておきたいことがあります。

      僕は幼い頃から、父から大変厳しく育てられてきました。
      子供の頃に父に甘えた記憶は、正直ありません。
      大人になるまで、ひたすら自分の殻に閉じこもり、必死で自分を守りながら生きてきました。

      でも、だからと言って他の人達と比べて僕だけが不幸だったのか?と言われれば、そんなことはありません。
      僕より辛い人生を送ってきた人なんて、それこそいくらでもいます。
      地球規模で考えれば、日本より大変な状況に置かれている国なんて、いくらでもある。
      今日一日を生きることさえままならない人が、この世界には山ほどいる。

      あなたはごく普通の一般的な家庭で育ってきたから僕らとは違うと思っているかもしれません。
      あなたの目から見れば、僕が大変な人生を送って来たかのように見えるかもしれない。
      でもね、そんなことはありません。

      何に悩み、どんなことで苦しむかは、人によって違うもの。
      実は僕の身近に、僕とは比べ物にならないほど悲惨な子供時代を過ごしてきた人がいます。
      でもその人に子供時代の話を聞くと、あっけらかんとした顔で平然と子供時代の悲惨な話をし始めます。
      僕から見れば、「この人は、何て悲惨な子供時代を過ごしてきたんだ…」と同情してしまうのですが、その人自身は自分がそこまで悲惨な子供時代を過ごしてきたなんて思っていないようなんです。

      これまでどんな辛い人生を送って来たとか、どんな厳しい環境で育ってきたとか、そんなことははっきり言ってどうでもいいと、僕は思っています。
      大事なのは、どんな経験をしてきたかではなく、その経験によって何を学んだかということ。
      苦労してきたからいい、というわけではない。
      それこそ、これまでの苦労が全く身についてない人、苦労した経験が全く役に立ってない人は、いっぱいいます。
      苦労したとかしてないとかではなく、自分の置かれた環境から、一体何をどれだけ学ぶのかが大事。
      その人間に「学ぶ姿勢があるかどうか?」が大事であり、それが全て。
      単なる不幸自慢・苦労自慢ほど、役に立たないものはありません。

      あなたは今、悩みを抱えていますよね?
      そしてそれを解決したい、つまり現状を打破して前に進んでいきたいという意思があるということですよね?
      その意思があるのなら、あなたはもうすでに僕の仲間です。
      あなたは僕の仲間になれないと言っていますが、もう仲間になっているんですよ。

      それで、あなたの抱える問題を整理させてもらいたいんですが、今あなたは軽い鬱状態であり、人生を思うように生きることが出来ない。
      そしてその原因をご自分で分析した結果、無気力・自意識過剰が原因ではないかと考えている。
      ということですよね?
      いただいたメッセージからだけでは、あなたに関する情報が少ないため、なかなか返事をお返しすることが難しいのですが、僕なりに思ったことを話していきますね。

      今あなたが具体的にどんなことで困っているのかが僕にははっきり分からないのですが、あなたのメッセージの中から「鬱」「無気力」「自意識過剰」という3つのキーワードが出てきましたので、この3つを元に僕の想像で話させてもらいます。
      この3つのキーワードを見比べて考えてみた結果、僕の中に、ある1つの思いが浮かんできました。
      もしかして、あなたの心の中には「どうせ自分なんて…」という思いがありませんか?

      もしかすると、あなたとは違うかもしれませんが、僕にもあなたと似たような時期がありました。
      常に気分が落ち込んだ状態で、何もする気が起こらない。
      何をやっても楽しいと思えない。
      生きているのか死んでいるのかさえ分からないような鬱状態。
      でも人の目は、気になる。
      人の視線が気になってしんどいから、もう誰とも会いたくない。
      そんな状態が、ずいぶん長く続きました。

      その時の僕の心の中には、こんな思いであふれていました。
      「どうせ俺なんて、誰からも認めてもらえない」
      「俺なんか頑張ったって、どうせダメに決まってる」
      「どうせ誰も、俺のことなんて好きになってくれない」
      「俺がいるだけで、周りの雰囲気が悪くなってしまう」
      「俺なんて、誰からも受け入れてもらえない」
      「どうせ俺の人生に、明るい未来なんて待っていない」
      こういった思いで、溢れていました。

      僕が鬱のような状態に陥ってしまって抜け出せなかった原因、それは「極端なまでの自己肯定感の低さ」。
      当時の僕は、まさに自己否定の塊のような人間でした。
      あの頃の僕は、自分で自分にダメ出しをして、自ら自分を鬱状態に追い込んでいた。
      でもそのことに、自分で全く気付いていなかった。

      自分の自己肯定感の低さに気づいてから僕は、自分にダメ出しをすることをやめました。
      いくら自分にダメ出しをしたところで、状況が良くなることは決して無い。
      同じ生きるなら、そしてどうせ一度きりの人生であるのなら、自分を否定しながら生きるのではなく、自分の可能性に賭けてみよう。
      もしそれでダメになったら、その時は潔く人生を諦めるだけ。
      この命が尽きるまで自分の可能性に賭けて、僕に与えられたこの人生を全力で駆け抜けよう。
      そう心に決めました。

      それからの僕は、どんなことがあろうとヘコたれなくなり始めました。
      どこかの記事でも話していますが、僕の口癖は「さすが俺」です。
      日々当たり前のようにこなしている仕事でも、
      「何も考えずに当たり前のように仕事をこなせるなんて、さすが俺」です。
      自分を評価するのは、他人ではなく自分自身。
      俺の価値は、俺が決める。
      他人の評価など、クソくらえだ。
      そうやって常に自分を応援し続けた結果、僕の自己肯定感はどんどん上がっていき、気付けば鬱状態からも抜け出していました。

      もちろん僕とあなたとでは、いろいろと状況は違うと思います。
      もしかすると僕の言っていることは全くの見当外れかもしれないし、全く参考にならないかもしれない。
      ただ、少しでもあなたの役に立てる部分があったなら、とても嬉しく思います。

      これを読んで、何か疑問や質問があれば、遠慮なくメッセージを下さい。
      また、具体的に困っていることや悩んでいることがあれば、言ってください。
      僕で良ければ、僕なりの考えを話させてもらいます。

      さっきも言いましたが、あなたはもうすでに僕の仲間になってしまっています。
      共に前に向かって進んでいきましょう。
      では。

      仁より

  12. 匿名希望 より:

    コメント失礼します。長文かつわかりづらいかもです汗
    私は中学三年生です。最近劣等感がひどくて人と関わりたくなくなることが多くて調べているうちに仁さんのサイトに出会いました。
    わかりやすく的確な言葉、非常に感動しました。
    私は双子の妹がいます。勉強や運動面では大差ないのですが、見た目が妹のが良く、人受けも妹のがいいです。
    たしかに私から見ても妹は面白いこともたくさんいえるし会話が絶えません。私の学校は小さい学校なので友達は共通がほとんどです。なので話していても「私と話していてもつまらないだろうとか本当は妹と話したがってるのでは?」と考えてしまいます。
    最近その何人かの共通の友達LINEで電話しなーい?と連絡がきても気づかなかったふりをしてしまったりなるべく2人で強制的に話さなきゃいけない状況を避けてしまいます。
    それは恐れに近くてよりつまらないと思われたくないという気持ちからだと思います。でもそうしてしまった後は「だから余計嫌われるんだよ、、」
    と自責の気持ちにかられます。
    直接誰かに何かを言われたことはないのですが、絶対みんな妹のが好きだと思うんです。そう思うとほっんと誰とも喋りたくなくなってどうしようもないんです。もうちょっとで夏休みが明けます。
    少しアドバイスくださいませんか?

    • jin より:

      匿名希望さん、こんばんは。
      メッセージありがとうございます。
      僕は当サイトを運営しております”仁”と申します。
      返事が遅くなり、申し訳ありません。

      それで、メッセージを読ませていただきました。
      あなたの気持ち、良く分かるような気がします。
      というのも僕自身ちょうど中学三年生の時、あなたと同じようにとても強い劣等感を抱えており、いつも自己否定ばかりを繰り返していたからです。

      「俺が居るだけで、場の空気が暗くなってしまうんじゃないだろうか」
      「俺なんて居ない方が、みんなきっと楽しいに決まってる」
      「俺のことなんて、きっと誰も必要としていない」
      そうやって周りの目ばかり気にし、ひたすら自分を否定してばかりいました。

      そして今大人になり様々な経験を積んだ僕があの頃の自分を改めて振り返った時、確実に言えることが1つあります。
      それは「自分が考えているほど、他人は自分のことを気にしていない」ということです。

      人が何に一番興味を持つかというと、それは「自分のこと」です。
      基本的に人は、自分自身に一番興味を持っている。
      そして他人のことには、実はそれほど興味を持ってはいない。

      他人と自分を比べてしまうのも、そう。
      自分自身に強い興味を持っているからこそ、自分のことをもっと知りたくて周りのみんなと比べてしまう。
      周りのみんなと比べて劣等感を持ってしまうのは、それだけ自分のことを好きになりたいからなんです。
      人から好かれたい、人より優秀でありたいと思うのは、胸を張って「好きだ」と言える自分になりたいから。
      人間というのは基本的に、他人にではなく自分に興味を持っている。
      他人に対しては、それほど興味を持った目で見ていないのです。

      あなたは「妹さんは話し上手で、自分は面白いこともあまり言えない」と悩んでいますが、そんなこと周りはほとんど気にしていないはずですよ。
      大事なのは話が上手なことなどではなく、人間性です。
      人間性とは、分かりやすく言えば「お互いに信頼し合えるか?」ということ。
      僕の周りにも、話の上手な人はこれまでたくさんいました。
      でも関係の続いた相手というのは全て、話の上手な人ではなく、人として信頼できる相手。

      例えば「話は面白いけど、信頼できない人」と「口下手だけど、心から信頼できる人」がいたら、あなたはどちらの人を選びますか?
      当然「口下手だけど、心から信頼できる人」ですよね。

      話が上手だとか、面白いことを言えるとか、気の利いたギャグが言えるとか、そんなことはハッキリ言ってどうでもいいんです。
      そんなうわべのことなど、全然重要じゃない。
      大人になればなるほど、「相手を信頼できるかどうか?」というのが重要になってくる。
      そして信頼できる相手とじゃないと、長く付き合うことは出来ない。
      信頼できる相手じゃないと、心を許すことは出来ない。
      信頼できる相手とじゃないと、親友にはなれないんです。

      あなたは「絶対みんな妹のが好きだと思うんです」と言ってますが、果たして本当にそうでしょうか?
      単に妹が口が上手く、周りが妹の話にウケている、たったそれだけのことで、「みんな妹のことが好きだ」と思っているのでしょうか?
      僕は妹さんと会ったことがないので妹さんのことは詳しくは分かりませんが、僕であれば「口が上手で面白いことを言える」という要素は相手を好きになるかどうかの判断基準にはなりません。
      僕が好きになる相手は「誠実な人間」、つまり信頼できる人です。

      落ち着いて、自分や周りの状況を振り返ってみて下さい。
      自分の勝手な思い込みに、とらわれてしまってはいませんか?
      もし何かあれば、また遠慮なくメッセージを下さい。
      僕はいつでもここにいますからね。

      では。
      仁より

  13. とうふ より:

    仁さん、初めまして。
    僕はもうすぐ31歳を迎えるフリーターです。
    自分は父も母も健在で5つ下の弟が1人というありふれた家庭で育ちました。
    特にやりたいことや目標もなく無難に大学を卒業し、新卒で販売業になり26歳で退職、その後1年を無職で過ごしてからさらに1年間バイトや契約を2,3個転々として、無職期間に知り合った方の立ち上げた飲食店で約2年お世話になり、ついこの前、何もかもが嫌になって辞めることを決めました。

    顔見知り程度の自分を開業から面倒を見てくれた恩があったし怒られるのだって1回や2回だけじゃなかったのに、いつからか僕はその人のことも仕事もたまらなく怖くて辛くて嫌になって、何も考えず無責任な行動を繰り返し、さらに怒られて・・・。
    ここ数か月でそんなことを繰り返して限界が来てしまいました。
    出勤だった予定を子供のような駄々をこねて蹴り、家にこもってしまいました。
    普段の休日通りに過ごしているのに無気力で娯楽も何も楽しめない。
    その後同僚さんが相談に乗ってくれて、何とか次の日その人と話をしに行こうと決意するものの、直前まで怖くて震えて涙が止まらなくて、どうにかとった食事もすごく味気なかった事が強烈に印象に残っています。

    それでも自分を奮い立たせて話をして胸の中であふれそうなものが少しだけなくなったのを感じたけれど、結局辛いままで次の日の手足に力が入らず頭にもやがかかったようで、なんでもない仕事もいっぱいいっぱいでした。

    思い返してみれば僕は仕事の携わると最初は大事に可愛がられていたのにたくさん怒られて、お金や時間、仕事以外のこと、どんどん不満が溜まってそれが溢れ出る前に、自分が壊れる狂ってしまうと思ったら逃げ出す、それを繰り返していたことがわかりました。

    昨日もどうしてこうなんだろう? どうして僕だけ怒られるんだろう?
    世の中には自分よりもだらしない人や思いやりのない人もいるのに。
    能力や熱意もない人もたくさんいるのに。
    前に進もうとせずすぐに逃げ出す人もたくさんいるのに。
    自分が変わり者だから? だらしのない社会不適合者だから?
    空気が読めないから? 他者のことを何も考えない自己中心的な人間だから?
    人に語れる夢も目標もなく、努力してきたと胸を張れないから?
    またそんな風に考えて頭がいっぱいになってしまったとき、ふと「怒られる」と検索をかけて仁さんの記事に出会いました。

    仁さんの記事を読んだとき、涙が止まりませんでした。
    正直こうして今コメントを書いている間も泣きじゃくりながらです。
    いつ頃からか僕にかかっていた呪いを解くのはすごく簡単だと分かりました。
    自己肯定、ほんとにシンプルなそれだけのことだって。
    自分を許してあげる、それだけで世界が変わるんだって。

    それから今日一日すごく楽しくて幸せで晴れやかでした。
    「そうだ、僕はすごいんだ! 今日まで頑張って生きてきたんだ!」
    ただそう思うだけでほんとに素晴らしい日だった。
    これからも少しずつではありますが仁さんの記事を読んで、色々なことに目を向け勉強して、人生を楽しく素晴らしいものにしていきたいと思うことができました。

    拙くも長い文章で申し訳ありませんが、ただただ仁さんに感謝の気持ちを伝えたくて投稿させていただきました。
    出会えてよかった。 気づけて良かった。
    本当にありがとうございます。

    • jin より:

      とうふさん、メッセージを下さってありがとうございます。
      仁です。
      もし少しでも僕の記事がお役に立てたのなら、とても嬉しく思います。

      メッセージを読ませてもらいましたが、これまで本当につらい思いを抱えながら生きてこられましたね。
      僕の中にもおそらく、とうふさんと良く似た部分があるので、そのつらい気持ちが分かるような気がします。

      でも大丈夫。
      とうふさんの中には、まだまだ多くの可能性が眠ったままになっている。
      そしてその力を、とうふさんが発揮できずにいるだけ。

      とうふさん、あなたの仕事が続かないのは、決してあなたの能力が低いわけではない。
      あなたに根性が無いわけでもない。
      あなたに責任感が足りないわけでもない。

      周りの人間と比べ、あなたに何かしら足りない部分があるわけではない。
      あなたは決していい加減な人間などではない。
      ただ、自信が足りないだけ。
      自分に自信が持てず、その自信の無さが他のいろんなことにも波及し、全てが上手くいかなくなっているだけだと思います。

      自信とは、「自分のことをどれだけ信じることが出来るか」ということ。
      自信とは自分を信頼することであり、それはつまり「自己肯定感の高さ」。

      人生が上手くいかなくて悩んでいる人を見ると、その多くが自分を自ら否定し、自分で自分を苦しめてしまっていることがとても多い。
      人生における幸福度というのは、ある意味自己肯定感がどれだけ高いのか?ということではないかと思います。
      もちろんそれが全てということではありませんが。

      僕は子供の頃から要領が悪く、いつも大人から怒られ、またはプレッシャーをかけられ、常にビクビクしながら生きてきました。
      だから他人の言葉や態度・表情に極端に敏感になり、ちょっとでも怒られると恐怖心で身動きさえ全く出来なっていた。
      そしていつからか、怒られた時だけでなく、僕に対して向けられた言葉の全てが、僕を否定する言葉に聞こえるようになってしまっていた。

      怒られるのが、どうしようもなく怖い。
      もう誰からも責められたくない。

      だから何か問題が起こると、
      「どうやって解決しようか?」
      ではなく
      「どうやってこの場から逃げ出そうか?」
      としか考えられなくなってしまった。
      かつての僕は「対人恐怖症」というより、まさに「人間恐怖症」だった。

      「どうすれば周りの人間と同じように生きることが出来るのか…?」
      試行錯誤を繰り返した結果、僕はやっと気づくことが出来ました。

      よく見れば僕と同じように、周りから怒られたり、ダメ出しをされている人間もいる。
      でも人から怒られて落ち込む人間もいれば、ケロっと平然な顔をしている人間もいる。
      または人から怒られることによって、むしろやる気を出す人間もいる。

      つまり「相手に何を言われたか?」は問題ではなく、「相手の言葉をどう受け止めるのか?」が重要。
      これまで僕を否定していたのは他人ではなく、僕自身が自分を否定していた。
      相手の言った言葉を、僕が勝手に「僕を否定する言葉だ」と思い込んでいただけ。

      自分を否定できるのは、自分だけ。
      僕を否定できるのは、この世界で僕しかいない。

      人から怒られて不安になってしまうのも、結局僕が自分を信じ切ってあげることが出来ないから。
      自分を信じ、自分を肯定してあげることが出来ないから、他人の言葉に揺さぶられてしまう。

      これまで僕は、生きることがとてもつらかった。
      ただ生きる、ただ存在する、たったそれだけのことが出来ない。
      何度も何度も
      「俺なんて死んだ方がいい」
      「俺が死んだ方が、みんなのためになる」
      「もう死んで、この苦しみから解放されたい」
      そう思った。
      そしてこの苦しみは、誰にも理解してもらえない。
      このつらさは、誰にも理解してもらえない。
      この悲しみは、誰にも理解してもらえない。

      でもそれは、残念ながら仕方の無いこと。
      他人に理解できるはずがない。
      僕になって、僕の人生を同じように生きてみなければ、決して理解することは出来ない。

      でもとうふさんには僕の気持ちが、他の人たちよりもずっと分かってもらえると思う。
      なぜかというと、それは、とうふさんが僕と同じようにつらい思い、苦しい思い、不安な思い、悲しい思いをいっぱいいっぱいしてきたはずだから。

      これまでのとうふさんの人生、決して平たんな道ではなかったはず。
      おそらくとうふさんは根が真面目、表面上の真面目さではなく人間的に真面目な人だと思います。
      だからこそ、ここまで自分を追い込み、悩み苦しんでしまっているのだと思います。
      そしてその、誰にも理解してもらえないつらい気持ちを自分の中に抱えながら、あなたはここまで生きてきた。
      ここまで歩いてきた。

      生きることは、決して当たり前のことではない。
      決して簡単なことなんかじゃない。
      悲しいことに、生きることを諦める人、人生をやめてしまう人もたくさんいる。
      絶望して、自ら命を落とす人もいる。

      でもとうふさんは、ここまで生き抜いてきた。
      上手くいかないことがたくさんあっても、それでも生きることを諦めずにここまで頑張って生きてきた。
      どうか、そんな自分を褒めてあげてください。
      これまでの頑張りを、自分自身で認めてあげてください。

      自分を認めてあげることが、まさに自己肯定の土台となる。
      大切なのは、自分を認めてあげること。
      自分を認めることが、自分を信じる気持ちを育んでくれます。

      かつての僕は、どうしようもないヘタレ人間でした。
      嫌なことから目をそらし、いつも逃げてばかりいました。
      そしてそんな自分が、嫌いで嫌いでたまりませんでした。
      でも、自分を信じることが出来るようになってから、前に一歩踏み出す勇気が出るようになった。
      たとえ上手くいかなくても、たとえ失敗して恥をかいても、それでも自分を信じて前に踏み出すことが出来るようになった。
      白黒だった目の前の景色が、カラーへと変わっていった。

      大丈夫。
      人は変わることが出来る。
      とうふさんは、きっと変わることが出来ます。
      とうふさんは、まだ31歳ですよね?
      僕なんて、40歳手前になってから人生を変えましたから(笑)

      とは言っても、僕もまだこんなとこで終わるつもりはサラサラありません。
      僕もまだまだ未熟です。
      まだまだ成長したい、まだまだ進化したい、まだまだ人生の高いステージへと上がっていきたい、そう思っています。
      とうふさん、良かったらこれからも僕と共に前に向かって進んでいきましょう。

      何かあれば、またお気軽にメッセージを下さいね。
      では。

      仁より

  14. みみ より:

    なんだか、少しだけ
    スッキリしました(^ ^)

    • jin より:

      みみさん、メッセージありがとうございます。

      スッキリ?してもらえたんですね(笑)
      こんなにも長い、個人的な話を聞いてくださってありがとうございます。
      良かったら、今度はみみさんの話も聞かせてくださいね。

      また何かありましたら、ご遠慮なくメッセージください。
      ではでは。
      仁より

  15. miffy より:

    仁さん、はじめて。miffyと申します。

    色んなこと悩んで仁さんのブログにたどり着きました。

    プロフィール拝見しましたので仲間にしていただけますか?(^^)
    他の記事も少しずつ拝見しています。

    個人的にメールで相談とかしてもらえますでしょうか?まずはお返事お待ちしています。

    • jin より:

      miffyさん、メッセージありがとうございます。

      >プロフィール拝見しましたので仲間にしていただけますか?(^^)

      もちろん大歓迎です(^^)
      これからもよろしくお願いしますね。

      ところで個人的なメール相談の件ですが、申し訳ありませんが、現状では正直難しい状況です。
      僕は普段、会社員として働き、空いた時間に少しずつ記事更新をし、記事に対してメッセージが届けば返事をさせていただいてます。

      正直なことを言いますが、実は僕、記事を書くのがもんのすごく遅いんです。
      もう少し何とかせねば、いや、今後は大幅にスピードアップする予定ですが(苦笑)、今はこれ以上何かを増やすということが出来ない状態です。
      だから、個人的なメールのご相談を受け始めれば、間違いなく記事更新もストップしてしまう。
      そして何より僕自身が、相談を受けるからには中途半端な回答なんか絶対にしたくない。

      ただ、このコメント欄ではなかなか話しにくいこと・相談しにくいことなどもやっぱりあるかもしれません。
      だから今後、そういったご相談に対してどのように対応していくのか?というのを考えてみます。
      なのでせっかくですが、現状ではまだ個人的なメール相談をお受けすることは出来ません。
      本当にすみません。

      もし何かあれば、遠慮なくメッセージを下さいね。
      僕で良ければ、力にならせていただきますからね。
      では。

      仁より

      • miffy より:

        仁さん、お返事ありがとうございます。
        仁さんからのお返事を心待にしていたので大変嬉しいです。

        すみません。困らせるようなお願いをしてしまって。自分だけ特別扱いしてもらう訳にいかないですし、記事更新ストップしたら読者の皆様に迷惑かけてしまうので、そんなことはしたくないです。なので、個人的にお話しするのではなくて、これからも配信を楽しみにしてますね(^^)/

        • jin より:

          miffyさん、メッセージありがとうございます。
          仁です。

          せっかくのお申し出に対し、ご期待に添えず大変申し訳ございません(涙)
          ただ、今後そういったご要望があるなら、微力ながら個別にお応えできるような体制づくりをしていこうと思います。

          何かあれば、またご遠慮なくメッセージを下さいね。
          では。

          仁より

  16. ぴょん より:

    ブログ拝見させて頂きました。

    人を信頼するって何なんでしょうね。
    他人にすがりたい時もありますよね。
    何を求める訳でもなく、ただ話を聞いてほし。
    これはワガママなのでしょうか?
    自分の事しか考えてないって事なのでしょうか?
    都合のいいように使ってるのでしょうか?
    自分の思いを聞いてもらうのは悪い事なのでしょうか?
    色々な事が起こりすぎて、何もかも、人と関わる事が嫌になりました。
    他人を変える事は出来ない。
    なら、自分が変わるしかない。自分の考えを変えるしかない。
    気にしない、気にしない。耐えろ、耐えろ。と自分に言い聞かせてきました。
    ですが限界です。
    自分とは何か…自分はどうしたいのか、何をしたいのか…見失っています。
    人と関わらず生きていく事は不可能、なら生きる意味は何なんだろう…?
    そんな事を考えてしまいます。
    もう少し強い自分でありたかったです。

    すいません。少し吐かせて頂きました。

    • jin より:

      ぴょんさん、メッセージありがとうございます。

      具体的なことは分かりませんが、何かお辛いことが続いておられるのでしょうか…

      >何を求める訳でもなく、ただ話を聞いてほしい。
      これはワガママなのでしょうか?
      自分の事しか考えてないって事なのでしょうか?
      都合のいいように使ってるのでしょうか?
      自分の思いを聞いてもらうのは悪い事なのでしょうか?

      ワガママでもないし、特に何も悪いことではないと思います。
      僕もぴょんさんと同じように、人に話を聞いてもらったりすることは普通にあります。
      逆に人の話を聞いてあげることも、もちろんあります。

      自分のことを理解してもらいたい、自分の考えを知ってもらいたい。
      これは誰にでもある感情だと思います。
      全くおかしいことではありません。

      ただ、僕に関して言えば、人とコミュニケーションを取る時は、常に相手と自分のバランスを考えながら接しています。

      例えば僕が「自分の話を聞いてもらいたい」と思うように、相手だって話を聞いてもらいたいわけですよね。
      だから僕は、自分の話したいことは話すけど、相手が話したそうにしていれば、相手が話せる場も必ず作るし、話しやすい雰囲気も出来る限り作るようにする。
      話を聞いてもらいたいという気持ちは、お互い様ですからね。

      あと、話す内容も相手によって考えます。
      例えばネガティブな話なんかは、場合によっては話を聞くだけで精神的に疲れてしまうこともあります。
      ネガティブな言葉というのは、受け止める側もそれなりにエネルギーを消耗するもの。
      あまりに一方的にネガティブな話を続けられてしまうと、相手の方が参ってしまいます。
      だから僕は、それなりのレベルのネガティブな話は、僕のことを本当に理解し受け止めてくれている人にしか話さないようにしています。

      あと、僕には僕の考えがあるように、人には人の考えがある。
      価値観も違うし、感覚だって違う。
      僕には僕の人生があるように、その人にはその人の人生があり、その人なりの価値観・ルールで生きている。
      だから基本的に僕の考えを人に押し付けるようなことはしない。
      仮に僕の考えが否定されても、例え僕のことを理解してもらえなかったり受け入れてもらえなかったとしても、それは僕とその人の考え方や価値観が違っただけのことで、仕方のないこと。
      無理に理解させようとする行為は、相手を否定することになってしまいますからね。

      結局、自分も他人も同じなんですよね。
      自分が人に話を聞いてもらいたいように、みんなも自分の話を聞いてもらいたいと思っている。
      自分のことを理解してもらいたいと思っているのと同じように、みんなも自分のことを理解してもらいたいと思っている。

      だから自分の話を聞いてもらいたいのなら、先に相手の話を聞いてあげる。
      自分のことを理解してもらいたいのであれば、先に相手のことを理解してあげる。
      先にやってあげるだけで、人とのコミュニケーションは、ずいぶんスムーズになるのではないかと思います。

      大事なのは、自分がしてもらいたいことを、まずは自分から先にやってあげる。
      自分から他人に興味を持ってあげることが、コミュニケーションのコツだと思います。
      自分に興味を持ってもらえたら、どんな人でも嬉しいもの。
      そして自分に興味を持ってもらえたら、同じように相手に対しても興味を持ちたくなるのが人の心理。

      詳しい事情も分からないのに、好き勝手言ってしまい、すみません。
      僕のブログで良ければ、好きなだけ吐き出してください。
      また具体的に何かあれば、遠慮なくおっしゃってください。
      僕で良ければ、いつでも話し相手になりますよ。

      では。
      仁より

  17. トム より:

    はじめまして仁さん。
    今年41歳になる男です。

    昨日仁さんのブログを発見して、まだ全部は読めていないですが、基本的な考え方は一緒だと感じ、嬉しくなってコメントしました。
    残りは、これから少しずつ読ませて頂きたいと思います。

    こんなに素晴らしいブログを創ってくださって、本当にありがとうございます(╹◡╹)
    これからも応援しております。

    • jin より:

      トムさん、メッセージありがとうございます。
      返事が遅くなり、大変申し訳ございません。

      お褒めの言葉と応援の言葉、本当にありがとうございます。
      書いている記事は、その時その時の全力を尽くして書いているつもりですが、未熟な部分や読みにくい部分・分かりづらい表現等が多々あり、己の力の無さを痛感してばかりです。
      ただ、現状の未熟な自分を受け止めつつも、これからも前へ前へと進み続けていきます。

      トムさん、良かったら僕と共に、前へ向かって進んでいきましょう。
      このブログを読んだ時点で、あなたはもうすでに僕の仲間になっていますからね。

      何かあれば、遠慮なくいつでもメッセージを下さいね。
      僕はいつでも、ここにいますから。

      では。
      仁より

  18. トラ より:

    今51才。このとしになり気持ちがしんどくなり(書けば長くなるので止めておきます)…このサイトに辿り着きました。意識して切り替えてみようと少し思えたかも…。

    • jin より:

      トラさん、メッセージありがとうございます。

      何があったかは分かりませんが、少しでも僕のブログがあなたの人生のお役に立てたのであれば、とても嬉しく思います。
      僕自身まだまだ未熟ではありますが、良かったら共に前に向かって歩んでいきましょう。

      何かあれば、ご遠慮なくメッセージを下さい。
      では。

      仁より

  19. しえる より:

    はじめまして、しえると申します。
    来年50歳になる独身会社員の♀です。

    『私のような生き方を認めない人の言葉にイライラする自分』にイライラして、気持ちを鎮める言葉を探すうちに、こちらにたどり着きました。…おかげでイライラはすっかり消えました(笑)ありがとう。

    情けないもんです。この歳になっても、まだ自分に本物の自信がないことを、また思い知らされました。頑張らなければ。

    さて、プロフィール欄、拝見しました。
    これからの日本を憂うお気持ち、共感します。暗いニュースを見るたびに、人の心がどんどん荒廃し飢えてきているとも感じます。これだけ豊かになりながら、誰ひとり本当の幸せを得ていないように思います。

    でも、どん底まで墜ちなければ本質に気付けないのが人間なのかもしれません…。そう考えると日本もいつか、バージョンアップする日が来るのかもしれません。ボロボロになって初めて、新しい価値観でスタートできるのかもしれません。

    その日を楽しみに、私は今日も自分の仕事をしようと思います。
    本当にありがとうございました。これからも力強いメッセージ、楽しみにしています。
    どうか、お身体とご家族を大切にご活躍ください。

    • より:

      しえるさん、初めまして。
      メッセージありがとうございます。
      こんなに長~いプロフィールを読んでくださって、ありがとうございます(笑)

      僕自身も同じく、本物の自信を手に入れるべく日々精進の真っ只中です。
      最近自分の成長が停滞気味だったのですが、しえるさんのメッセージで再びエンジンがかかりました。
      ありがとうございます。

      人というのはみんな自分の常識の中で生きており、自分の常識とは違う生き方をなかなか認めることが出来ない。
      そして自分の常識が通らない相手に対し本能的に恐怖や不安を感じ、その相手を否定することによって安心を得ようとする。
      しかし、相手を否定し攻撃したところで本当の安心など得ることは出来ない。
      でもそれに気づかず、自分の中にあるちっぽけで狭い世界観の中で、いつまでも戦い続ける。

      僕は自分が成長するために、「自分の中にある常識という名の制限を壊し続ける」ということを意識しながら生きてきました。
      そして成長することの出来ない人間というのは、いつの時も「自分の中の常識(制限・制約)にとらわれ続ける人」。
      しえるさんの生き方を認めることが出来ない人たちも、同じく自分の中の常識(制限・制約)にとらわれ続ける人。

      そんな人たちを相手にしたところで、プラスになることは何もない。
      むしろ、自分のレベルを下げてしまいかねない。
      百害あって一利なし。
      ということで、反面教師にしてしまいましょう(苦笑)

      僕自身まだまだ未熟であり、発展途上です。
      未熟者の僕で良ければ、共に前に向かって進んでいきましょう!
      そしてしえるさんもお体にお気をつけて、仕事頑張ってください。

      では。
      仁より

  20. アマツ より:

    はじめまして、アマツと申します。
    怒られるのが怖く萎縮してしまう、それが成長の悪循環を生む、という記事を読んで大変共感いたしました。こんな風にブログへコメントを残したりするのも初めてです。

    実は二十四年間生きてきて、ずっと悩んでいることがあります。
    (かなり長くなってしまいます、申し訳御座いません。)
    おかしな内容で恐縮ですが「自分の行動原理や考えが本当に理解できない」そんなシーンが多々あります。これが本当に仕事やプライベートに強く影響してとても辛いのです。具体的には以下のような事例があります。

    ・上司の指示に対して、気付いたら真逆のことをやっている事がある。(実行した記憶はあるが理由が全く不可解)
    ・明らかに優先度が低いと分かる仕事なのにも関わらず、優先度が高い仕事よりも優先してしまう。
    ・あらゆる人に対し全く無利益な意味のない嘘を無意識についてしまう。
    ・他人の笑顔より泣き顔や悲しいことが起こった時ほど、張り切ってしまう。(殆ど喜んでいると言っていいかもしれません。)
    ・友達同士で楽な運動部に属する選択肢もあったのに一番厳しい運動部に、友達もいない環境をあえて選んだりする。(現役時代も今も後悔しかありません。)

    とにかく挙げればキリがないです……。
    周りの人には病院に行け、と一蹴されそうで一度も言い出せていません。特に仕事では「何でこうなった?」と質問されてはぐうの音も出ず、お話にならないといったケースが殆どです。上記のような歪みが、他人の怒りを買ったり、些細なトラブルを生んでしまいます。前述の通り、理由は全く分かりません。

    ADHDや発達障害の本も数冊ずつ読みましたが該当部分もあれば、そうでない部分もある、要するに「誰でもこんなものでは?」という程度の認識に収まってしまいました。
    加えて「仕事に行けなくなるくらいでないと病気ではない」なんていう動画を精神科医の先生がアップしているのを見て「自分はまだ大丈夫なのか」と安心半分、落胆半分、そんなどっちつかずの状態が結局不安です。
    趣味という趣味もなく、休みの日はごろごろしている事が多いです。だからこそ仕事に打ち込んでいる時は楽しいと感じる時もありますが私は気が弱く「怒られる人」のパターンにもよく当てはまります。仕事という唯一の拠り所について怒られたりして落ち込むような時があると、この世の終わりのような絶望感を味わいます。

    本当に医者に行け、という感じですよね。言いたいこともまとまってなくてすみません。

    自分の行動原理や考えを理解できない、そんな病気や疾患が有るんでしょうか。
    どういう考え方をしていけば、自分なりに納得のいく答えを出すことは出来るんでしょうか。
    長文、駄文失礼しました。

    • より:

      アマツさん、メッセージありがとうございます、仁です。
      返事が遅くなってしまい、すみません。

      >自分の行動原理や考えを理解できない、そんな病気や疾患が有るんでしょうか。
      僕自身は医者でもないし、医療の勉強をしたことも無いので、こちらの質問に関しては申し訳ありませんがお答えできそうもありませんし、生半可な知識でお答えすると余計に混乱させてしまうかもしれません。

      なので、もう一つの
      >どういう考え方をしていけば、自分なりに納得のいく答えを出すことは出来るんでしょうか。
      ということについて、僕なりの話をさせていただこうと思います。

      ご自分の具体的な状況を最初の方で説明してくださっていますが、ご自分のとった行動に対し「なぜそのような行動をとってしまったのか?」というのが分からないんですよね。
      つまり自分がとった行動の「目的」が分からない。
      どう考えてもデメリットしかないと思えるような行動をとってしまう、そして「何のためにその行動をしたのか?」その目的が自分でもよく分からない。

      人間の行動には、基本的に何かしらの目的が必ずあります。
      (暑いから汗をかくといった生理現象は除いて)
      何かしらの目的があるから、その目的を達成するために人は行動を起こす。
      例えば僕らが働くのは、お金を稼いでより良い生活をするためだったり、または仕事を通じて自己を成長させるためであったり、またはみんなが働いてるから自分も同じように働いてないと不安だという理由もあるかもしれません。
      どんな理由であれ、みんな何かしらの目的があるから働いている。
      理由が無ければ、誰もわざわざ大変な思いをしてまで働こうとは思わない。

      ファッションや髪型・化粧といった外見にこだわるのも、周りのみんなから素敵だと思われたいという目的があるから。
      だから逆に「周りから素敵だと思われたい」という気持ちが1ミリも無いような人は、普通に寝ぐせのついた頭で仕事に来るし、格好もだらしないことが多い。

      アマツさんがこうしてメッセージをくれたのも、自分の悩みを解決したいという目的があるからこそ、わざわざ時間をかけてメッセージを送ってくれたわけですよね。
      人の行動には、必ず何かしらの目的がある。
      目的を達成するために、人は行動を起こす。
      そして人は基本的に、今より良い状況を願うもの。
      自分にとってより良い状況を作り出すために、人は行動する。

      ですが、これまでのアマツさんは客観的に見て、自分にとって不利になるような事ばかりしてきている。
      ということはアマツさんは、心のどこかで自分が不幸になることを望んでいることになる。
      でも人間の本能というのは基本的に、自分にとって良い状況を望むように出来ているはず。
      では今のアマツさんの本能・本心は、どういった状況が「自分にとって良い状況」だと認識しているのか?

      ちょっと話はそれますが、僕は幼少期からずっとチック症を患ってきました。
      チック症とは簡単に説明すると、自分の意思とは無関係に体のどこかが無意識に動いたり声が出たりする症状のことで、癖とは違って症状をコントロールすることが非常に難しい疾患です。
      僕は、自分に現れるチック症が恥ずかしくて仕方ありませんでした。
      僕はチックの症状など、もちろん1ミリも望んでいない。
      むしろこの症状によって自信も失い、状況は悪くなる一方。

      ではなぜ僕にはチック症が現れたのか?
      医学的なことは分かりませんが、僕のチック症が現れる時というのは、僕の精神的なバランスが崩れた時、もしくはその後。
      例えば強いプレッシャーやストレスがかかった時なんか、そのプレッシャー・ストレスがかかっている最中や、そこから解放された後などに激しく現れる。
      実は僕に現れたチック症は、僕の心のバランスを保つために現れたものでした。
      チックの症状を出すことによって精神的なバランスを保ち、それによって本来の自分のリズムを取り戻すことが出来る。
      つまり自分にとってより良いコンディションを作り出すために、その手段として僕自身がチック症を必要としていたのです。

      そして今は、僕自身にチックの症状が出ることはほぼありません。
      なぜかというと、今は心を整えることによって自分の精神のバランスを上手く保つことが出来るようになった。
      自分の中にあるストレスを、自分でコントロール出来るようになった。
      その結果チックに頼る必要が無くなった。
      つまり「精神のバランスを保つ」という目的を、チック症以外の方法で達成出来るようになったから、チック症が無くなったのです。

      一見デメリットだらけと思える行動でも、それをやってしまうということは、それをすることによって自分に何らかのメリットがある(と心のどこかで思い込んでいる)可能性があります。
      では実際にアマツさんが挙げてくれた5つの行動を見てみると、最初の3つの行動に関しては、事が発覚してしまえば確実に周りから怒られてしまいますよね。
      4つ目に関しては、実際にアマツさんの心の中をのぞくことが出来ないので分かりませんが、もしかしたらアマツさん自身が心のどこかに劣等感を抱えており、優越感に浸ることによって安心したいという心理(目的)があるのかもしれません。
      最後の5つ目は、どうでしょうか。
      >一番厳しい運動部に、友達もいない環境をあえて選んだりする
      この行動、友達の目から見ても「?」ですよね。
      「私たちと一緒に楽に楽しくやればいいのに、何であえてそんな選択するの?」
      おそらく友達もあなたの行動が理解できず、不思議な目であなたに注目していたのではないでしょうか。

      これら5つの行動に共通しているもの、それは悪い意味であっても「周りからの注目を集めてしまう」ということでしょうか。
      それで、ここから先はアマツさんからいただいた今回のメッセージを元に、「こういうパターンもあるのではないか」と想像した、僕の勝手な想像として聞いてください。

      アマツさんはこれまでの人生、特に子供時代など、自分の考えや思い・感情といったものを周りにきちんと表現してきましたか?
      これまで自分の思いや感情を抑え込みながら生きてきた、という感覚はありませんか?
      心の中に強い自己否定の心はありませんか?
      「自分には価値が無いのではないか…」といった強い劣等感はありませんか?
      「自分は周りから理解されていない…」そんな思いを持ってはいませんか?

      アマツさんの行動は、途中の経過はどうであれ、最終的には周りの人間から注目される結果になる。
      ということは、もしかするとアマツさんの行動の目的は、「周りの人間から注目されること」である可能性もある。

      なぜ僕がこんなことを言うのかというと、僕自身がそうだったからです。
      実はアマツさんのメッセージを読んで、失礼ながら「何だか僕に似ているな」と感じました。
      アマツさんのとった行動、実はこれまでの僕にも似たような経験があります。
      昔の僕は、「何でこんなことをしたんだ?」と周りの人間が頭をひねってしまうようなことを、いくつかやってきました。

      対人恐怖症だったくせに、周りの注目を集めるような行動をたまにやる。
      なぜそんなことをするのか?
      それは「周りの人間に、僕のことを認めてもらいたいから」です。

      かつての僕は自己否定の塊で、まるで自信が無い。
      普段は強がってるくせに、実は心の中では人の目を気にしてビクビクしている。
      「俺なんて死んでしまった方がいい」と思いながらも、でも心の中では「俺の人生こんなものじゃないはず、俺の力はこんなものじゃないはず」と相反する感情が渦巻いている。
      だから人一倍「周りから認められたい」という思いが強かった。
      だからちょっと人から軽んじられたり馬鹿にされたりしただけで、心の中は絶望感でいっぱいになっていた。

      「周りから認められたい」という気持ちに振り回され、当時の僕は自分の感情や行動をコントロール出来なくなっていた。
      ではこの状況から抜け出すためには、どうすればいいか?
      それは、自信を付け自己肯定感を上げること。
      僕は努力して自信を付け自己肯定感を高めていった。
      その結果、過度に周りから認められたいという気持ちが無くなり、次第に自分の感情や行動も自分の思うようにコントロール出来るようになっていきました。

      もちろん僕とアマツさんは全く違う人間だから、当然僕と同じとは限らない。
      でも自分の行動の目的が知りたければ、まず「自分の行う行動がどういった結果をもたらすのか?」、そして「意識のどこかでその結果を分かってて行動しているか?」の2点に注目してみてください。
      自分の行動がどういった結果をもたらすのか分かってて行動しているのなら、その結果の向こうにあなたの真の目的があるはずです。
      これまでのご自分の行動や気持ちを、落ち着いて分析してみてください。

      ということで僕なりの考えを話させてもらいましたが、何かあれば遠慮なくまたメッセージを下さいね。
      僕は正解を示して差し上げることは出来ませんが、自分の経験に基づいた考えなら、いくらでも話すことは出来ますので。
      もちろん参考になるという保証はありませんが(苦笑)

      では。
      仁より

  21. ひなたぼっこ より:

    仁さま、はじめまして、自己肯定感30点のひなたぼっこと申します。

    こちらのブログにたどり着いたのは、80オーバーの母に「一人で大きくなったと思っているのか?」と言われたことがきっかけです。

    たいへんお恥ずかしい話なのですが、アラカンで子どものいない私はその言葉に言い返す言葉もみつからず、かといって「あなたのおかげです~」とひれ伏すのもなんか違う、という思いでした。

    そこで仁さんの「子どもは自分が望んで迎えた」というような内容に、感銘を受け、本物の親とはこういう人だと感じました。

    話は脱線しますが、先日、スピリチュアル系の信頼する人に「あなたの親は親らしいことはしていない」と言われて、ちょっと不思議に思っていたところです。

    仁さんの子どもさんへの思いを読んで、そもそも「親」というのは、自分の夢を肩代わりさせる存在でもなく、世間体のためにもつものでもなく、自分の老後の面倒をみさせるためのものでもないという感覚を強く持ちました。

    母の恩着せがましい物言いに対する違和感の答えが見つけ出せました。

    「そうは言っても世間的に見ればそれほど悪い母ではなさそうだ」くらいの思いでいた私に、仁さんのプロフィール中の文章がささったわけです。

    それで仁さんのプロフィールをずっと一気に読みました。まだ記事の方は読んでいなくてフライングぎみではあるのですが、「大切なのは子どもの教育」というお考えも私の考えと同じで共感しました。

    また人に「自己評価が低い」と言われることもありましたが、ピンとこない感じでもありました。それほど自分が嫌いというわけでもないけど・・・というくらいの感じでしょうね、まさに30点!

    これから記事をゆっくりと、しみじみと(?)読ませていただこうと思っています。私もずっと自分が成長していく、そしてそれを実感できるのが夢というか理想です。

    とりあえず巡り合えた感謝をお伝えできれば幸いです。

    とりあえず

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