あなたの生きる意味・生きる目的を見つける方法。人生に価値を見いだせないあなたへ。

自分の殻を破る方法

俺は何のために生まれてきたのか、

何のために生きているのか、

 

自分の生きている意味が分からない、

生きる目的が見つからない、

 

あなたはこんな悩みを抱えたことはありませんか?

いや、この記事に目が留まるということは、今現在生きることについて悩んでいるんじゃないですか?

 

生きる意味や目的については、昔からいろんなとこで議論をされています。

そして、いろんな視点から、様々な意見や考えが提示されてきました。

 

あなたもこれまで「生きる意味」について、いろいろ考えてきたんじゃないですか?

もしかしたらネットや本など、答えを見つけようとあらゆるものを調べてきたかもしれません。

 

 

それで、答えは見つかりましたか?

あなたの生きる意味、生きる目的を見つけ出すことは出来ましたか?

おそらくあなたの納得出来る答えが見つからないから、こうして僕のこの記事に来てくれたんだと思います。

 

今回は、僕自身が自分のこれまでの人生を通して見つけた「生きる意味・生きる目的」について、僕独自の視点から話していこうと思います。

もちろんこれが絶対の正解とは言いませんが、もしご参考にしていただければ嬉しく思います。

 

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 あなたの人生に “生きる意味” はありますか?

このテーマについて書こうと思ったきっかけは、実はある知人の発言を耳にしたことが始まりでした。

 

その知人は、特に人生に悩んでいる様子もなく、経済的にも特に困っているようには見えない。

また人付き合いもよく、人間関係によるトラブルなんかも全く無いような人です。

要領も良く、常に安定した人生を送っているように見えていました。

 

そんな知人を交えてみんなで集まっている時、話題が「人生とは何だろう?」というような話になりました。

みんなが自分の人生観や生き方について発言する中、その知人は一言、こう言いました。

「私は、ただ生きるだけ。」

 

この一言から、この知人は自分が生きることに意味を見いだせていない。

自分の人生に価値を見出すことが出来ていない。

そのことが、僕には伝わってきました。

 

あなたはどうですか?

あなたも、人生の意味や生きる目的が見えず、ただ生きているだけ、そんな生き方をしているのではないですか?

 

 

この知人の「ただ生きるだけ」発言を聞きながら、僕は過去の自分を思い出していました。

なぜかというと、僕自身も「生きる意味・生きる目的」を見つけられず、長い間苦しみ続けてきた過去があるからです。

今回のテーマをより深く掘り下げていくために、僕の過去を少しだけ話そうと思います。

 

 

 

 自分の人生の中から自分自身が消えてしまう

そもそもなぜ僕らは、生きる意味について悩んでしまうのか?

なぜ、生きる目的が見つからないのか?

 

自分の生きる意味が分からないというのは、言い換えれば、自分の存在意義自体を見失ってしまっている状態。

自分は今、何のために存在しているのか?

自分はこれまで、何のために生きてきたのか?

 

つまり、自分の存在に価値を見いだせない。

自分の存在に価値を見いだせないから、当然自分の人生にも価値を見いだせない。

その結果人生に迷いが生じ、無気力状態へと陥っていく。

 

自分に価値を感じられなくなればなるほど、それに比例するかのように人生に迷いが生じ始めるものです。

生きる意味について悩む一番の原因は、自己評価の低さ。

自分に価値を感じられない、自分はダメな人間だと思えば思うほど、

「じゃあ俺は一体何のために、ここにいるのか?」

「俺の存在って、何か意味あるのか?」

そうやって自分を追い込んでいくことになります。

 

かつての僕は、どうしようもないほど自己評価の低い、自己否定の塊のような人間でした。

 

僕は幼い頃から、自分の考えや自己主張を全くしない子供でした。

父親がとても厳しく、何をするにも常に父親が決める。

自分では何も考えず、父親の敷いたレールの上だけを真っ直ぐ歩く。

決してレールからそれたり、途中で降りたりしない。

 

以前の僕は、自分の意思というものがありませんでした。

いや、自分の意思を封印しながら生きてきました。

自分の考えは決して表に出さず、人に指示されるがままの人生。

全ての行動を、他人に委ねた生き方。

 

僕は長い間、親や周りの人間の望むキャラクターを演じ続けてきました。

周りの人間が僕に何を望んでいるのかだけを考える。

自分では何も考えず、自分では何も決断せず、とにかく周りの人間の望むキャラクターであろうとし続ける。

 

以前の僕は、自分の人生を生きていませんでした。

小さな判断から大事な決断まで人に任せ、自分では責任を負おうとしない。

周りの都合や意見、周りの気持ちにばかり合わせ、自分の人生などそっちのけ。

僕の人生の中で、僕自身の存在が完全に消えていました。

 

 

 

 生きる意味の見つけ方

長い間、僕は周囲の人たちが望むような生き方ばかりをしてきました。

周りに流され、常に周囲の意見・価値観に合わせながら生きてきました。

 

自分の人生であるにもかかわらず、他人事。

自分のことであるにもかかわらず、自分の意思で決断しない。

常に大多数の意見に従い、責任を負おうともしない。

 

僕は人生から、ずっと逃げ続けてきました。

自分の人生を、自分の足で歩いてきませんでした。

 

その結果僕は、自分を見失いました。

生きる意味を見失いました。

生きる目的を見失いました。

自分が何のために存在するのか、分からなくなってしまいました。

 

 

もしあなたがかつての僕のように、生きる意味や生きる目的が分からなくて迷ってしまっているのなら、たった今から “自分の生き方は全て自分で決める覚悟” をしてください。

これからの人生、自分の身に降りかかることは全て、自分の頭で考え、自分で決断し、そして全て自分の責任において行動すると、今ここで決めてください。

 

人というのは何かの行動を起こすと、それに対して必ず誰かが批判なり反対意見なりを言ってくるものです。

反対されると、誰しも不安になり気持ちがグラついてしまうものです。

でも周りから何と言われようと、他人の目は一切気にしない。

世間の一般常識と、自分の価値観・考えが違っているのなら、迷うことなく自分の価値観を取ってください。

自分の中の正義を貫き通してください。

 

あなた自身のことを、もっと信じてあげてください。

そして人生は一度きり。

一度しかないんです。

だから、自分を信じ、そして自分に賭けてみませんか?

 

自分の身にに起こることは、全て自分の責任。

もちろん人生には、理不尽と思えることはいっぱいあります。

でも、それでも自分の人生において自分に起こることは、全て自分の責任です。

人や周りのせいにしたって、何も変わりません。

今の自分の状況は、全て自分が引き寄せたもの。

自分が原因であるなら、自分が変われば自分を取り巻く状況も変わります。

全ては自分次第です。

 

僕自身、上手くいかないことがあれば、いつも周りのせいにしてきました。

自分は頑張ってる、自分は悪くない、悪いのは周りの人間だ。

そうやって言い訳ばかりをしながら生きてきました。

でもそれが、大きな間違いであることに気づきました。

 

世の中の出来事は全て、原因があり、結果がある。

僕が上手くいかないのは、

周りが悪い(原因)→ だから僕の人生が上手くいかない(結果)

そう考えてきました。

でもそれは単なる言い訳であって、そこには因果関係など全く無いのです。

 

例えば僕は三人きょうだいの末っ子なんですが、僕の父は三人の子供に対し同じようにとても厳しく接してきました。

その結果三人とも同じような性格、同じような人生を歩んでいるのか?と言えば、全く違います。

三人とも同じように厳しく育てられたにもかかわらず、僕一人だけ異常にメンタルが弱く、僕だけどんどん人生から落ちこぼれていきました。

上の二人とは似ても似つかない性格、上の二人とは全く違う落ちこぼれ人生を歩むこととなりました。

 

父親が厳しかった(原因)から、僕はダメになった(結果)と思うことによって、僕はずっと言い訳し続けていたんです。

でもその原因によって、決まった結果が現れるわけではない。

原因があり、その原因に対してどのような解釈・どのような態度を取るかによって、結果は全く変わってくる。

原因に対してどのような結果を手に入れられるかは、まさに自分次第なのです。

被害者意識を持っているうちは、自分の人生を生きることなど出来ないのです。

 

 

生きる意味が分からない、生きる目的が見つからないと悩んでいるのなら、それはまだあなたが自分の足で自分の人生を生きることが出来ていないからです。

自分の意思で、自分の人生を生きていないからです。

 

よく「人は生きているのではない、生かされているんだ」という言葉を耳にします。

実際僕も、幼い頃からそう言われながら育てられました。

それが間違いだとは言いません。

でも僕は、違います。

僕は生かされているのではなく、自分の意思で生きています。

自らの意思で生きることを選択したから、こうして僕は今、生きています。

 

あなたはどうですか?

自分の意思で、生きることを選択していますか?

自分の責任において、自分の人生を自分の足で歩いていますか?

 

自ら生きることを選択し、自らの意思で自分の人生を生き始めると、生きる意味や生きる目的といったものは自然と現れてきます。

自分の目の前に、姿を現し始めます。

あなたの中にある被害者意識を捨て去り、世の中の常識や価値観に迎合することなく、純粋に自分のやりたいこと、自分の理想とする生き方を貫いて下さい。

 

自分のやりたいようにやれば、いろいろ批判もされます。

もちろん、他人のことなど知ったことではない、自分の好きなようにだけ振る舞えばいいと言っているわけではありません。

他人に対する思いやりや感謝の気持ちを持つというのは、むしろ当然のことです。

そういった気持ちを持った上で、周りに振り回されず、人の目を恐れることなく、純粋に自分の価値観や考えに従って生きてみて下さい。

 

きっとあなたの人生において、生きる意味や生きる目的が見つからないといった悩みは消え失せるはずです。

メッセージ

  1. おり より:

    仁さん、初めまして、私は42歳の妻子もちの男であります。この度色々あり、ネットサーフィンしてますとこちらのサイトにたどり着きました。コメントなどしたことは初めてで、余り伝えたいことがまとまりませんが、お許しください。私は、20年近く中小企業で営業職をしています。近々その会社が、吸収合併されます。私は、その合併先の会社に移るか、退職するか、迫られています。ですが、なかなか決断できません、なぜか、、。私は、この仕事が好きでありません、20年なんとかギリギリ、2回ほど鬱病になりながら、通院したりしながら、続けていました。
    私は、この記事の何処かにあった、ミスを極度に恐れる為、準備を怠らず、仕事を進め、今までに、大きなミスをしたことがないが、いつも眉間にシワを寄せ…………みたいな人間です。話はそれましたが、私は、本当は、吸収先に行きたくありません、やはり、企業規模も大きいため、仕事のノルマ、転勤など今までの会社とは比べ物にならない位のプレッシャーが待っています。また……病気になってしまう……家族に迷惑がかかる…出来るわけがない、私の実力では通用するわけがない等、逃げの考えが止まりません。
    もうひとつの選択は、吸収先に行かず、退職して、給料が下がっても営業には余り関係ない仕事を探す……でも、42でイチから探すのは、かなりの恐怖を持っています。人からどう思われるだろうとか、親の期待を裏切りたくないなど。
    そして悩みすぎて、体調が悪くなり、生きるのがしんどくなってきている次第であります。
    でも、妻子のために、チャレンジするべきか、とか。いや笑顔で過ごすために、お金は後回しで、ストレスの少ない仕事に、就くべきか…。
    私は、いつも辛いことから逃げてきた。ように思います。でも現実これ以上妻子に、
    病気等によって迷惑をかけられない…
    どうしたらよいのか解りません。
    仁さんならどうお考えになるのかと、乱筆ではありますが、いい年をしてコメントさせていただきました。厳しい意見でも構いません。何かひとつでもアドバイスがあればお願いします。

    • 仁(jin) jin より:

      おりさん、メッセージありがとうございます。
      仁です。
      返事が遅くなり、大変申し訳ありません。

      おりさんからのメッセージ、拝見させていただきました。
      とても難しい状況に立たされてしまっていますね…
      まだ独身で若ければ、そこまで悩まないのかもしれませんが、42歳という年齢で妻子があるとなると、人生の選択も慎重にならざるを得ないと思います。
      僕も現在41歳で妻子持ちだから、おりさんの気持ちは分かります。

      それで最初に言っておきたいのですが、基本的な考え方として「おりさんの体と心が一番大事」ということを、まず理解してください。
      あなたは独身ではありません。
      あなたには、守るべき家族がいます。
      もしあなたの体や心が壊れたら、自分だけでなく家族もとても困ります。
      家族みんなが路頭に迷うことになる。
      あなたの両肩には、家族みんなの人生が乗っかっている。
      だから、家族のためにも自分の体と心を大事にし、必ず守らなければならない。

      だからと言ってもちろん僕は、単に楽な道を選べばいいと言っているわけではありませんよ。
      日々の体調管理やメンタルを強くする努力も、やはりしないといけない。
      でも、気合や根性のみに頼るようなことをしてはいけない。
      なぜなら、常に根性を出し続けながら生きることなど出来ないから。
      常に全力疾走し続けられる人間など、一人もいない。
      もし現実にそんなことをしてたら、心か体のどちらかが必ず壊れる。
      根性とは、ここぞという時に瞬間的に発揮するものです。

      それで、おりさんは「私は、この仕事が好きでありません」とおっしゃっていますよね?
      仕事とは、具体的にどのことを指しておられるのでしょうか。
      営業という仕事のことですか?
      取り扱っている商品のことでしょうか?
      それとも今いる業界のことでしょうか?
      それとも単に今いる会社が好きではないのでしょうか?
      もしくは、その全て…でしょうか?

      メッセージを拝見する限り、おりさんは人の目や人の評価を気にする傾向がとても強いように思えます。
      そして人の目や評価を気にし過ぎるあまり、仕事の中身そのものに集中できていないように僕は感じます。
      メッセージ全般からおりさんの自信の無さが感じられますが、結局自信が無いから他人の評価が気になってしまうわけですよね。
      じゃあ逆に他人の評価を気にしなくなれば自信が付くのか?ということになりますが、実は自信のある人ほど他人の評価を気にしていないものです。
      そして他人の評価を気にしなくなればなるほど、不思議と自分の力を発揮出来るようになる。
      他人の評価を気にしなくなればなるほど仕事に対する集中力が増し、どんどん仕事が出来るようになっていくのです。
      仕事の出来る人間は、驚くほど他人の評価を気にしていません。
      おりさんの「仕事が好きではない」というのは、「仕事そのものが好きではない」のか、それとも「人の目を気にし過ぎるという人間関係のストレスによる悩み」なのか、よく考えてみて下さい。
      もし「人の目を気にし過ぎるという人間関係のストレスによる悩み」であるなら、他の職場に移ってもまた同じような悩みを抱えてしまうことになるかもしれません。

      それでおりさんに質問なんですが、おりさんは親や周りの人の評価を気にしておられますよね。
      例えばですが、もしおりさんがこの先
      ・どんな選択をしたとしても、誰からも一切批判されない
      ・どんな行動をとったとしても、誰も何も言わないし、誰も何とも思わない
      ・おりさんのやろうとしていることに対し、誰も反対しないし悪く思うことも一切無い
      もしそんな状況があったとしたら、おりさんはどうします?
      どんな選択、どんな判断、どんな人生を歩もうと思いますか?

      ちょっと難しいかもしれませんが、考えてみて下さい。
      そしておりさんの中で出た答えが、おそらくあなたにとってのベストの答えではないかと思います。
      もちろん家族のいる身ですので、自分の思うように好き勝手生きることなど出来ないでしょう。
      家族が生活をしていくためには、きちんとお金を稼いで帰らなければなりません。
      ただ僕が言いたいのは、親が期待しているからといって、親があなたに代わって人生を背負ってくれるわけではない。
      親の期待通りに生きたところで、何かあっても親は責任を取ることは出来ない。
      自分の人生は自分で背負うしかない、自分の人生は自分でしか責任を取ることは出来ないのです。
      他人の評価にしても、同じ。
      他人に評価してもらうということは、他人の期待通りの生き方をするということ。
      でも他人の期待通りの生き方をした結果、人生が上手くいかなくなっても他人は一切責任を取ってはくれない。

      つまり親や他人は、関係ない。
      自分の人生は、自分の価値基準で生きなければならない。
      今後会社に残るのか、それとも辞めて新しい仕事を探すのか、判断はとても難しいと思います。
      でも、まずは自分がどうしたいか?
      周りの目や声は気にせず、純粋に自分はどうしたいのか?
      それを決めて下さい。
      そしてそれから奥さんや子供のこと、収入や家計や休日の家族との過ごし方といった大事なことを考えてみてください。

      ところでもし今の勤め先を辞めるとしたら、どこか当てはあるのでしょうか?
      僕はこれまで何度か転職をしてきました。
      おそらく一般的なサラリーマンより、転職回数は多いのではないかと思います。
      僕がこれまで会社を辞めた理由は、「会社に将来性が無い」「今の会社にいても学ぶべきことが無く自己成長につながらない」この2点であり、常にこの2点を基準として会社を辞めるかどうかを判断しています。
      ただ僕も、家庭があります。
      収入が無くなればアウトです。
      だから会社を辞める時は、僕は常に次の就職先が決まってから辞めています。
      会社を辞めた次の日から新しい会社ですぐ働き始めています。

      また僕は葬儀業界で働いているのですが、これまで勤めた会社はほぼ全て葬儀関連の会社です。
      葬儀の仕事が特に好きというわけではないんですが、僕は葬儀の仕事にとても誇りを持っています。
      だから転職先も、あえて葬儀会社を選んで転職しています。
      また葬儀関連であれば、知識も経験もあるので自分を売り込むことによって給料を下げることなく転職することもできる自信もあります。
      僕はそうやって、これまで安全を確保しながら転職してきました。

      おりさんは転職するとしたら、これまで経験を積んできた「営業職」ではない仕事に転職することを考えているんですよね?
      今より給料が下がる可能性は大きいかもしれませんね。
      でも給料がいいからといって幸せとは限りません。
      実際僕は以前、ある会社を新規で立ち上げ軌道に乗せることが出来たのですが、あまりの忙しさでなかなか家に帰ることも出来ず、一度家庭が崩壊しました。
      いくら給料が良くても、家庭が崩壊してしまっては幸せとは言えません。
      お金があるからといって、幸せというわけではない。
      実際僕の知り合いでバリバリの営業マンがいたのですが、ノルマに追われ続けることに疲れ果てて全く畑違いの仕事に転職し、給料が下がったにもかかわらず楽しそうに人生を謳歌している人もいます。
      家庭の経済状況を見ながら、どういった形が幸せだと思えるのか、バランスを考えてみて下さい。

      おりさんの仕事内容や家族との関係などが具体的に分からないので、ちょっと抽象的な返事になってしまいましたが、吸収合併先の会社が魅力的であり、将来性もあり、そして自己成長につながるようであれば、僕ならとりあえず吸収合併先の会社でチャレンジしてみるのではないかと思います。
      ただウチは仕事が忙しくて家に帰れず一度家庭崩壊を起こしているので、遠方への転勤があるようなら辞めるかもしれません。
      今の僕にとって、子供より優先できるものはありませんから。
      ただ、今の会社を続けることによっておりさんの心に大きな負担がかかってしまうようなら、僕はお勧めはしません。
      心を壊してまで働いたって、幸せとは言えませんから。

      おりさんのそんな姿を子供が見ても、子供だってちっとも嬉しくない。
      子供からすれば、やっぱりお父さんお母さんにはいつも楽しく笑っていてもらいたいはず。
      むしろ父親の苦しんでいる姿なんて、子供にとって悪影響しかないんじゃないでしょうか。
      おりさん一家にとってどんな形が一番幸せなのか、しっかり考えてみて下さい。

      なんかアドバイスらしいアドバイスになってないかもしれませんが、何かあればまた遠慮なくメッセージを下さい。
      僕はいつでもここにいますから。
      では。

      仁より