人の輪に(マインド編web版) | 無料講座

人の輪に(マインド編web版)

 

■はじめに

今回は当レポートを手に取っていただき、ありがとうございます。
当レポートの作成者、仁(Jin)と申します。

簡単に僕自身のことを紹介させていただきますが、僕は子供の頃より対人恐怖症で、人と上手くコミュニケーションが取れない、人の顔を見て話せない、相手から話しかけてもらわないと人と会話ができない、そんな人間でした。

また人間関係のストレスからくる偏頭痛により、酷い時には朝目覚めても体を起こすことができず仕事にも行けない。
常に頭痛薬を持ち歩かなければいけない、そんな生活を送っていました。

他人に対して人一倍苦手意識を持ち、人一倍人間関係に苦労をし、そして他の誰よりも「どうすれば人と仲良くなれるのか?」「どうすれば人前で自分らしく自由に振る舞うことができるのか?」ということを常に考えながら生きてきました。
( 詳しくはこちら→ 仁のプロフィール )

そんな、かつては劣等感まみれだった僕ですが、基本的に今では誰とでも、またどんな場所・どんな状況であっても、自信をもって理想的なコミュニケーションを取る事ができます。

「人は変わろうと思えば
 いつでも変わることができる。」

かつての僕の様に人間関係に悩んでいるあなたにそれを伝えるため、そして僕自身の活動・発信に興味を持ってもらうために、今回無料レポートを作らせていただきました。
この無料レポートが、あなたを取り巻く人間関係を変えるきっかけとなれたなら、とても嬉しく思います。

では本編①:『マインド編』へと参りましょう。

 

 

■人々はみな、様々な不安や恐怖を抱えながら生きている

「みんななぜ、あんなに強いんだ。他人から責められても何であんな平気な顔をしていられるんだ。
なぜあんなに強気で自分の意見を発言できるんだ。なぜ自分が正しいと自信を持って言えるんだ…」

昔の僕は周りのみんながとても強く見え、そして自分の弱さを心の中でいつも嘆いていました。
でも人間理解を深めていくうちに、それが誤解だということに気づきました。

他人から反論されたり文句を言われたりした時、キレ気味で言い返したり大きな声で恫喝したり、またはまくし立てるように相手を論破したりする人がいますよね。

なぜあんなにも強気な態度に出ることが出来るのか。
自分が正しいから? 自信があるから? 勇気があるから?

 

…違います。
怖いからです。

「弱い犬ほどよく吠える」という諺がありますが、焦っているから、不安になっているから、 自分に対する確固たる自信がないからこそ、ああいった虚勢を張らなければ自分を保てないのです。

逆に自信に満ち溢れた人・不安がなく心に余裕のある人というのは、どんなに他人から責められようと、たとえどんなに自分のことを否定されようと、感情が乱れることはありません。

それで一体僕が何を言いたいのかというと、「多くの人が不安や恐怖を抱えながら日々生きている」という事実に、まずあなたに気付いてほしいのです。

不安を抱えているのは、自信がないのは、僕やあなただけではない。
むしろまるで不安なく人生を生きているような人は、僕が見る限りこの世界に一人もいない。
そもそも不安や恐怖というのは危険から自分の身を守るための防衛本能であり、もしこれが無ければ人は命を落としてしまうわけです。

しかし残念なことに多くの人が、自分が抱えている不安や恐怖を認識すらできていない。
または気づいていながらも誤魔化したり、見て見ぬふりをしていたりする。

ところであなたは、自分の中に何かしらの不安や自信の無さを漠然とでも感じている・気付いているからこそ、このレポートを手に取ってくれたわけですよね。
つまり今のあなたは、多くの人が気付くどころか認識することすらできていない「自分の中にある不安や恐怖」に気づいている。

実はこの時点で、あなたはそれを認識できていないその他大勢より一歩先に進んでいるのです。
なおかつその不安や恐怖を認識するだけでなく、それらと向き合おうとしているわけだから、一歩どころか何歩も先を行っていると言えます。

自分自身と向き合うことができるか。
自分の中にある不安や恐怖を認め、それと向き合うことができるか。
これができるかどうかが、これから自分が変われるかどうかの重要な境界線となります。

★エクササイズ:自分の中にある不安・恐怖といったネガティブな感情を認識し、正面から向き合う

 

 

■自信のある人ほどダメな理由

話は変わりますが、あなたはボクシングの試合を見ることはありますか?

元プロボクサーにWBA世界ライト級王者の「畑山隆則」さんと、平成のKOキング・無冠の帝王と呼ばれた「坂本博之」さんという有名な二人の選手がおり、この二人が2000年の10月に伝説の激闘を繰り広げました。

スピードとテクニックの「王者・畑山」に対し、人間離れしたタフさと強いパンチを持つ「KOキング・坂本」。
どちらが勝ってもおかしくない試合でしたが、試合の結果は王者・畑山の10回TKO勝ちで幕を閉じました。

それで、それぞれの選手がインタビューでとても興味深い言葉を発していて、まず試合前に勝者となる王者・畑山が
「僕はパンチが弱いんです。坂本選手はパンチが強いんです。僕はアゴが弱いんです。坂本選手はアゴが強いんです。だから、勝てるんです。」
と、ちょっとおかしな発言を自信満々にしているのです。
自分は弱く、そして相手が強い、だから勝てる、そう言っているのです。
ちょっと意味不明ですよね。

それに対し敗北したKOキング・坂本は試合後のインタビューで
「自分のことを、絶対に倒れない怪物くらいに思っていた。でも、それは過信でしかなかった。ただただ、自分の弱さから目を背けていたんです。」
そう語りました。

この二人の言葉を聞いて、あなたももうお分かりだと思います。
勝者である王者・畑山は、自分の強み(スピード・テクニック)だけでなく弱さ(パンチが軽い・打たれ 弱い)もしっかりと認め受け入れた上で戦っている。

実際に王者・畑山は試合中しっかりとガードを上げて相手の攻撃を最小限に防ぎ、パンチ力のある相手に対しスピードと速いパンチを使って相手に思うようにパンチを打たせないようにしています。

自分の弱さを認め受け入れているからこそ、状況を正確に分析し適切な対応ができるということ。
そして自分の弱さを理解し100%受け入れているからこそ、そこを補う努力もするから今以上に強くもなれる。

ということでボクシングを見ない人にとっては興味のない話を長々と聞かされるハメになってしまいましたが(苦笑)、ボクシングに限らずあらゆるものごとにおいて、本当に強い人間・優れた人間というのは 自分の中にある弱さを認識しそれを受け入れ、そしてそんな自分の心と体で戦う覚悟を決めている人です。

自分には劣った部分がある・自分は弱いと知っているからこそ強くなりたい・強くなろうと思えるし、そのために必要な努力もするようになる。

仮に自分が100%完璧だと思っている人間がいたなら、そもそも努力する必要がないと思っている(完璧ゆえに今の自分に100%満足している)から、努力もしないしそれ以上成長することもありません。

そもそも自分の中にある不安や自信の無さを認識できるということは、それだけ人間心理を理解する力を持っているという証拠でもあります。
そしてそれができているあなたは、実感はないかもしれませんが それだけ人間理解力がすでに備わっているということでありコミュニケーションの強者になれる大きな可能性を秘めているのです。

ということで人間理解を深めてコミュニケーション強者になるために、これからあなたにエクササイズをやってもらおうと思います。

今あなたは日々の生活の中で何かしらの不安や悩みを感じながら生きていると思います。
それで自分が今どんな不安・悩みを持っているのか、自分に問いかけてみてください。
そしてそれを目に見えるように書き出してみてください。
紙に書いてもいいし、スマホやパソコンのメモ機能など、書き出すものは何でもいいです。

 

 

……
……
……
書き出しましたか?
そうしたら、今度はその不安や悩み事をできるだけ掘り下げていってください。

なぜ自分はその悩みを持っているのか?
いつからその悩みを持つようになったのか?
何が原因でその悩みが発生しているのか?
今の状況がどう変われば、その悩みは解消されるのか?
その悩みに対する予防策はあるのか?
この先自分自身がどのように変わっていけば、 今と同じような悩みに今後も悩まされなくて済むようになるのか?

できる限り深く、より詳しく、より具体的に、より明確に、その問題の根っこにたどり着こうとするように自分に問いかけていってください。

また自分の感情が乱れた時、例えば思わずカッとなった時や焦ってしまった時など感情が乱れてうまくコントロールできなくなってしまった時というのも自分の奥底にしまってある不安や恐れ・劣等感などが表に出てきた瞬間です。

そんな時も、後で落ち着いてからでいいので、なぜ感情が乱れたのか?どんなことに感情を乱されたのか?どんな状況で感情が乱れたのか?相手のどんな言葉や態度に対して感情が動いたのか?
…深く掘り下げていってください。

ここでちょっとしたポイントがあるのですが、自分に問いかける時は「あたかも別の人間(もう一人の自分)が少し離れた場所から自分に向かって問いかけているイメージ」でやってみてください。
いわば自分専属のカウンセラーが、自分のすぐそばで自分に問いかけているようなイメージです。
それによって、より冷静かつ客観的に自分を分析できるようになると思います。

ところでなぜ僕がこんな面倒なエクササイズを出すのかというと、実は自分の心理状態を自分で分析してあげられるようになると、他人の心理状態も読めるようになってくるからです。
そして他人の心理状態が読めるようになればなるほど、単純に他人に対する恐怖心が無くなっていきます。

とは言っても不安や恐怖というのは人間の防衛本能として備わっているものなので、もちろんゼロにはなりません。
ですが人間関係で無駄に不安になったり恐怖を感じたり焦ったりといったことが無くなるので、様々な場面・状況において冷静に対処や判断ができるようになります。

★エクササイズ自己分析
①自分の中にある不安や悩みを明確にし、目に見えるように具体的に書き出す
②その不安や悩みをできるだけ掘り下げていく(カウンセラーになったつもりで、自分に問いかけていく)

 

 

■人間関係に苦手意識を持ってしまう理由

人付き合いが得意な人と苦手な人がいますが、その違いは何だと思いますか?

細かく分けていけばいろいろあると思いますし、またそれを一つひとつ挙げていくとなると結構な分量になってしまいますので、ここではざっくりと2つだけ話します。

 

人付き合いが苦手な原因①:自信がない

相手に受け入れてもらえるだろうか、こちらの話を聞いてもらえるだろうか、嫌われてないだろうか、馬鹿にされたり見下されたりしないだろうか…

こういった「自信のない人」ほど人付き合いに対してより強い苦手意識を持ってしまいます。

 

人付き合いが苦手な原因②:相手のことをちゃんと見ていない

これは少し意外かもしれませんが、相手のことがちゃんと見えておらず 、無駄に相手を恐れてしまっている状態の人がかなり多くいます。

これはわかりやすく言うと、いわゆる幽霊や宇宙人(=正体不明の者・未知の者)を恐れる心理と同じです。
相手がどんな人で、どんな性格で、どんな価値観を持っているのかまるで分らないから、警戒して距離をとってしまう。

そしてそんなよそよそしい態度をされてしまえば、相手も当然いい気はしません。
相手からも距離をとろうとされてしまうので、ますますコミュニケーションはうまくいかなるわけです。

そして最初に挙げた①の「自信がない人」にも、この②の「相手をちゃんと見ていない」という傾向を持つ人が多くいたりします。
相手をちゃんと見ないがゆえに、必要以上に相手を恐れてしまい、そのせいで無駄に自信を失ってしまっているパターンもよくあるのです。

しかし、ここで冷静にならないといけません。 たとえどんな相手であろうと僕らはみんな同じ人間です。
もちろん性格や価値観などは人それぞれ違いますが、サイコパスや快楽殺人犯などごく一部の異常者を除けば、性格も価値観も実際にはそんなに大きくは変わらないはずです。

だから
「相手の価値観がまるで理解できない…」
「こんな理解不能な人がこの世に存在するのか…」
このようなレアな相手に巡り合うことなんて一生の内にも数える程度のはずだから、心配するだけ無駄ということ。

だから人とうまくコミュニケーションをとれるようになりたいのであれば、会話の仕方などを学ぶのも一つの手ですが、それよりもまずは「相手をしっかりと観察すること」です。

逆にいくらスラスラと流れるように喋れるスキルを身につけたとしても、相手のことがちゃんと見えていなければ、相手の気を引くような話題も思いつきませんし、会話のキャッチボールも成立しません。

コミュニケーションの本質は「会話」や「言葉」ではなく、「相手を理解すること」だということを、しっかりと覚えておいてください。

★エクササイズ:周りの人間をしっかりと観察し、相手がどんな性格で、どんなことで喜び、どんなことに怒りを感じ、どんなことに興味を持つのか…など、相手の内面を自分なりに分析してみる。

 

 

■人の不安は、外側に現れる

最近ではめっきり少なくなりましたが、僕が子供の頃は暴走族と呼ばれる人たちが改造バイクで爆音を鳴らしながら道路を集団で暴走する光景をよく目にしていたものです。

派手でいかつい格好をし、気に入らない相手がいれば威嚇し暴力で言うことを聞かせる。
いかにも強そうな彼らですが、では彼らは果たして本当に強いのでしょうか?
あの見た目のとおり、彼らは自信に満ち溢れた強者なのでしょうか?

ところで話は変わりますが、僕ら人間はなぜ群れるのでしょうか?
時代を遡れば原始時代の人間は他の動物と比べて身体的にもとても弱く、みんなで集まって力を合わせなければ獲物を捕らえることもできませんでした。

また近現代でも僕らは会社や組織を作って集団で仕事を行いますが、一個人の力や能力ではたかが知れているため、みんなで集まってお互いを補い合うことによって仕事を成立させているわけです。

これが例えば原始時代の人類がマンモスレベルに強ければ、仲間と群れる必要がなくなるため、僕ら人類はおそらく単独行動をしていたでしょう。
また近現代でも、例えば僕が個人の力で会社以上の利益をガンガン上げられるのなら、わざわざ会社を作って仲間(社員)を集めるなんて面倒なことはしないと思います。

ここまで話すと、もうそろそろあなたもお気づきなのではないかと思いますが、暴走族が単独ではなく仲間とつるんで暴走するのは、一人で走る勇気が無いからです。
みんなで走れば怖くないからです。

では一人で走る勇気が無いのに、なぜあんなに目立つ格好と爆音を立てて走るのでしょうか?
実は僕ら人間というのは、勉強にしてもスポー ツにしても仕事にしても他の分野でも、「特別な存在でありたい」「優秀でありたい」という願望を持っています。
そして僕らはそうなるための努力をしていきます。

でも当然ですが、努力をしてもすぐに結果が出るとは限らないわけです。
そうすると、中には正しい努力を続けていく勇気を挫かれてしまう人も出てきます。

「特別良くありたい、でもそうなれる自信もないし、そのための努力を続ける勇気もない。」
そうなると、一部の人間は「特別悪くある」という反対の方向へと向かうことがあります。

「特別良い」と「特別悪い」。
一見すると真逆に感じますが、「特別」という点では実は同じなのです。

だから暴走族と呼ばれる人たちは特別良くあることができないため、特別悪くあることによって他とは違う特別な存在となり、そうすることによって周りの注目を集めようとしているだけなのです。

また話は変わりますが、職場などで何かと口うるさい上司や「成績を上げろ」と圧力をかけてくる上司なんかがいますよね。
なぜ口うるさく言ってくるのか?
自分の出世のため?
給料を上げるため?
それとも単なる意地悪?

いろいろ理由はあるかもしれませんが、組織内における中間管理職というのは想像以上にストレスの多いポジションだったりします。
会社の経営陣などからは常に成果を上げ続けるようプレッシャーをかけられ、また部下たちは思うように動いてくれなかったり、時には不満をぶつけられる。
実は中間管理職の人間は、上と下との板挟みになって困り果てていたりするのです。

家庭でも親が子供を叱ったり怒ったりすることがあると思いますが、親は子供のためを思って叱っているつもりでも、実は子供が親の思うとおり・親の理想通りに動いてくれなくて、親が困り果てて「叱る・怒る」という力技で子供を無理やり動かそうとしている、ということも実際に多くあります。

ということで一体僕が何を言いたいのかというと、基本的に「怒ったり威嚇してきたりなどしてプレッシャーをかけてくる人は、何かに困っている人」だということです。
キャパオーバーしてしまい、怒りなどによる力業(ちからわざ)にしかもう頼る手段がない、怒りによる力業でしか状況を変える手段がない心理状態にまで追い込まれてしまっているということ。

もし目の前の状況を自分の思うがままに操れる実力や能力があるなら、わざわざ無駄にエネルギーを使ってまで怒る必要はないですからね。

だからあなたに対してキレてくる人・怒りをぶつけてくる人・プレッシャーをかけてくる人を無駄に恐れる必要はありません。
相手は「怒っている」のではなく「困っている」だけなのです。

落ち着いて相手を観察するのです。
怒っているということは、何かに今困っているということ。

では、相手は何に対して困っているのか?
どのように状況が変われば、その困った状況が解決される・解消されるのか?
そしてそのためには自分は相手に何をしてあげられるのか?
どんな言葉がけ・どんな行動をしてあげれば相手の助けになるのか?
そうやって相手に向かって矢印を向けていく。

コミュニケーションが苦手な人というのは、得てして自分自身に矢印が向いてしまっている人が多い。
「自分は相手からどう思われているのだろう? 悪く思われてないだろうか?不愉快に思われてないだろうか?」
そうやって、他人と接しながらも相手のことを見ていない。
自分にばかり矢印が向いてしまっているのです。

それでは当然、相手の気持ちや考えを理解することはできません。
向けるべき矢印は自分ではなく、相手です。
まずは相手の方へしっかりと矢印を向ける。

このレポートの最初の方で自分と向き合うエクササイズをしてもらいましたが、今度はそれを相手に対してやるのです。
自分の気持ちではなく相手の気持ちをしっかりとキャッチし、それを分析し掘り下げていってあげる。
人間の心というのは「他人から理解された」と感じた時に幸せを感じるようになっています。
これはどんな善人でも悪人であっても、みんな同じですから。

とはいっても目の前であなたが怒鳴り散らされているその最中に、相手の気持ちを冷静に理解できるかと言ったら、なかなか難しいと思います。
なのでそんな時は、時間をおいて後から冷静になった状態でやってみてください。

★エクササイズ:他人が怒ったり感情を乱している場面に遭遇したら、相手の置かれている立場や相手を取り巻く状況をしっかり観察し、それを踏まえながら
「相手は一体何を困っているのだろうか?」
「状況がどのように変われば、解決・解消されるだろうか?」
「そのために、自分にはどんな言葉がけや行動ができるだろうか?」
といったことを考えてみる。

 

 

■自らの価値を上げる

あなたは「いい人」ですか?
それとも「悪い人」ですか?

このレポートを手に取っている時点で、おそらくあなたは本質的にかなりの「いい人」だと思います。
いわゆる「お人好し」の部類に入る人だと思います。

以前の僕も、いわゆる「いい人」でした。
人から頼まれれば、面倒なことでも嫌な顔もせずにやってあげる。
自分のやるべきことがあっても、それを後回しにしてでも他人の用事を最優先でやってあげる。
どんな時でも相手の都合を優先し、相手に都合よく動いてあげる。
筋金入りの、いい人だったと思います。

それでですね、今日からあなたには「いい人」をやめてもらいます。
とは言っても別に今日から「悪い人になれ」と言ってるわけではありません。
僕は他人にとっての「単なる都合のいい人」をやめようと言っているのです。

ではなぜ僕が「いい人」をやめようと言っているのか?
その理由は、いい人でいようとすればするほど、それがあなた自身の価値を下げることにつながり、その結果相手に届けることのできる価値そのものも下がってしまい、相手の感謝の度合いも同じく下がってしまうからです。

これはどういうことかというと、例えばパシリと呼ばれる人がいますよね。
パシリとは、人から小間使いのようにアゴで使われたり、買い物に行かされたりする人のことですね。

ちょっと極端な例かもしれませんが、仮にパシリにされている人が何か物を買ってきてくれたりしても、基本的に感謝されませんよね。
買ってきて当たり前、といった態度をとられて終わりだと思います。

でもこれが、買ってきてくれた人がメチャメチャ尊敬する人だったらどうでしょう?
自分とはレベルがまるで違う、そんな雲の上の存在のような人だったら同じでしょうか?

例えば会社に入りたての新入社員が残業中に缶コーヒーを買ってきてくれたなら「おっサンキュ。気が利くね~。」で終わると思います。

でもこれが社内でもNo.1の実力を誇り、常に会社の命運を握るような重要な仕事ばかりを任されて社長ですら頭が上がらない、そんな雲の上の存在のような憧れの上司が「お疲れ!」と言って突然缶コーヒーを差し入れてくれたなら、どうでしょう。
おそらく恐縮すると同時に、メチャメチャ感謝するのではないでしょうか。

実際僕も若い新人の頃、当時の先輩の仕事をフォローするためメチャクチャ頑張ってました。
でもいくらやっても「おっ、ありがと」と言われればいいくらいで、ほとんどが「俺の仕事の手伝いをさせてもらえて勉強になっただろ」ぐらいの軽い扱いでした。

でも時がたち実力も認められて部下や後輩を指揮・指導する立場になってからは、下の人間の仕事をちょっと手伝ってあげただけでも
「えっ‼こんなことまでしてもらって、わざわざありがとうございます‼」
と、こちらが引いてしまうぐらい感謝されるようになってしまいました(笑)

だから相手に対して「何をしてあげるか?」も大事なんですが、「誰がしてあげるか?」ということもとても重要なんですね。
同じことをしてあげても、憧れる人・尊敬する人・魅力的な人、そんな「自分にとって価値の高い人」がやってくれることによって、感謝のレベルが大きく変わってくる。

つまり感謝というのは、基本的に「相手に対して感じている人間的価値の高さ」に比例するということ。

「何をしてあげるか?」を考えると同時に「どうすれば価値の高い人間になれるか?」「どうすれば魅力的な人間になれるか?」そういった「自分の価値を上げる」という発想を持ってほしいのです。

周りから必要とされる人間・周りから欲しがられる魅力的な人間になろうと思えば、そうなるための努力が当然必要となります 。
ですが、そういった魅力は生まれ持った能力ではなく、後天的に身につけるべきスキルでもあります。

つまり僕もあなたも、そうなることができるということ。
ということで次の話では、周りから魅力的だと思われる人・価値が高いと思われる人の持つ対人関係においての考え方についての話をしようと思います。

★エクササイズ
いい人をやめると自分に宣言する。
そして「自分の人間的価値(魅力)を上げれば上るほど、より高い価値を相手に届けられるようになる」という発想を持つ。

 

 

■感謝を集める

今後あなた自身の人間的価値を高めて良好な人間関係を築いていくために、あなたにはこれからやってもらいたいことがあります。
それは「感謝を集めること」です。

つまり他人に何かをしてあげることによって、感謝をしてもらうということ。
これにより、あなたを取り巻く人間関係は必ずや大きく変わります。

「あぁ、それね。もう何度も聞いたことがあるよ。」
そう思われました?

確かに「感謝を集めろ」というのは、いわゆる成功哲学などでも昔からさんざん言われてきた言葉です。
でも昔から普遍的に言われ続けている割には、これによって「人生が変わった」という声は聞きませんよね。

もし、いくら感謝を集めても人間関係に少しも変化が見られないのであれば、もしかするとやり方が間違っているのかもしれません。
ということで感謝を集める際に意識すべきポイントを、僕独自の視点から解説していきます。

ところで話は変わりますが、芸能人でGACKT(ガクト)さんがいますよね。
GACKTさんと言えば、どんな相手に対しても遠慮なくズバズバ言いたいことを言う。
誰に対しても一切気を遣ことなく、誰にも遠慮せず我が道を行く。
だから敵も多いし、アンチも常に溢れ返っている。

しかし自分の大切なファンや仲間に対しては、すごく真剣に向き合う。
本気で相手のことを考え、純粋に相手のために心を込めて何かをしてあげる。
だから敵やアンチも多いけれど、それに反して熱狂的なファンや昔からの根強いファンも多く、また彼を支え続ける心強い仲間もいる。

そんな彼が、とあるインタビューで語った一言があるのですが、それは
「人に心を遣うことはあっても、ボクは気を遣って生きたくない」
というセリフです。

これを聞いて僕は「あぁ、まさに彼の生き方そのものを表した一言だな。」と感じました。
そしてあれだけ傍若無人にふるまう彼の元から、なぜ人が離れていかないのかが理解できました。

ところで「気を遣」と「心を遣う」。
この違い、あなたには分かりますか?
ここを理解しているかどうかによって、感謝を集める行為の意味そのものがまるで変わってくるので説明しておきます。

まず「気を遣う」とは、他人の気持ちや状況を考えて動いてあげること。
これは一見すると周りの人へ配慮した行動のように見えますが、実はその目的は他人との摩擦をうまく避けるためのものであり、突き詰めると自分を守るための行為なのです。

例えば人から文句を言われないために手伝ってあげるとか、「気の利かないやつだと思われたくない」「無能で役立たずだと思われたくない」といった、他者の目や評価を気にして動かされている「自己保身」から生まれた行動なのです。
そしてそんな「自分の評価を下げないための行動」に対し、相手は心を動かされるでしょうか?
感謝の気持ちが生まれるでしょうか?
まぁ表面上はお礼の言葉は言ってくれるかもしれませんが、本気で感謝されることはないでしょう。

それに対し「心を遣う」ですが、これは自分のためではなく相手のために考えて動いてあげること。
ただ単に相手に気を遣って何かしてあげるのではなく、相手にとって必要なことを相手になったつもりで考え、損得勘定抜きで提供してあげる。

例えば職場でも、自分が関係している仕事なら一緒に手伝ってくれるのに、自分とは関係のない業務内容になったとたん知らんぷりするような人っていませんか?

逆に普段はあまり関わりがないのに、本当に困った時にはスっと現れ、特に何のメリットもないのに当たり前のように助けてくれる、そんな人がいたらどうです?
感謝するだけでなく尊敬さえもしてしまいませんか?

相手の置かれている状況・気持ちをしっかり観察し、「相手が今、何に困っているのか?」「この先どんなことで相手が困ることになるのか?」を相手の身になって考え予測し、損得勘定抜きで手を差し伸べてあげられる。
これが「心を遣う」ということです。

まとめると

・ 気 を 遣う

他者との摩擦を避けるための行動

自己保身

感謝されない
・心を遣う

損得考えず純粋に相手のことを思った行動

他者貢献

感謝と共に尊敬の念が生まれる

「気を遣う」と「心を遣う」は、困っている人に手を差し伸べてあげるという点ではよく混同されがちですが、実はまるで別物なのです。
このことを確認していただいたうえで、これから感謝を集めていってください。

ここまで話を聞いて 「なんか難しそうだな…」 なんて思いました?
上で話した内容は常に意識してもらいたいことなのですが、とりあえずはあまり難しく考えなくても大丈夫です。
まずは簡単にできることからでいいので、始めてみてください。

例えばコンビニとか行きますよね?
もし昼時でコンビニが込み合っている時間帯に行ったなら、レジで支払いの時にでも「忙しくて大変ですね」とか、夜遅い時間なら「遅い時間まで大変ですね、頑張ってくださいね」など、声をかけてあげる。
また職場で仲間が忙しそうにしていたら、「仕事は大丈夫?何か手伝うことはある?」と声をかけてあげる。

相手のためになることなら、なんだっていいんです。
重要なのは、何をやるにしても相手に気を遣ってするのではなく、相手のことを考え自らの意思で主体的に行動を起こすこと。
何かしてあげることも大事ですが、実はそれ以上に「私を気にかけてくれている、私のことを考えてくれている」という心遣いが嬉しかったりするものです。

前にも言いましたが、人は「他人から理解された」と感じた時に、幸せを感じる生き物です。
自分を理解しようとしてくれる、その心遣いがそのままその人のエネルギーとなります。
そしてそんな心遣いができるあなたは、相手にとっての特別な存在となるのです。

★エクササイズ:「心を遣う」ということを意識し、毎日5回以上感謝の気持ちを集める。

 

 

■最後に…

ということで「マインド編」としてここまで話してきましたが、ここで話したマインドやエクササイズは、これから先あなたが人間関係を築いていく上での重要な土台部分となりますのでしっかりと府に落としてもらえればと思います。

僕はこれまで何十年と多くの人を観察し続けてきましたが、人間というものを正しく理解している人ほど、驚くほど自然体だったりします。
どんな場面でも、虚勢を張ったり感情がブレたりしない。
それでいて感情豊かで懐が深い。
なおかつ人との距離感の保ち方が絶妙で、 近づきすぎず離れすぎず、程よい関係を保つのがうまい。

人づきあいが上手な人・人間関係が良好な人というのは、単に気遣いができる人というわけでもないし、お喋りが上手というわけでもありません。

以前の僕は、ただ人と話をするだけで疲れてしまっていました。
相手を楽しませよう、面白い 話をしようと僕なりに一生懸命やっていたのですが、それは相手のためではなく「面白い人だと思われたい・素敵な人だと思われたい」と相手に思われたいがためにやっていただけだったからです。

つまりそれは相手の目や相手からの評価ばかりを気にしている状態。
つまり自分で勝手に空回りし気疲れを起こしていただけだったのです。

良好な人間関係を築き、そしてその関係を維持し続けられる人は、相手に対して無駄な気遣いはしないし、相手に嫌われることを恐れたりもしない。
そして相手のことをしっかり観察し、相手のその時々の気持ちや心情や置かれている状況・立場を理解したうえで、相手が必要とする手助けや相手の気持ちを慮るような言葉がけをしてあげて、相手にプラスのエネルギーを与えてあげられる。

純粋に相手に対する心遣いができる人こそが人間的に魅力的な人であり、それによって良好な人間関係も必然的に築かれていくのです。

そしてこうして偉そうに語っている僕自身も、まだ胸を張って完璧と言えるところまでは辿りつけてはいません。
今の自分には満足していませんし、今も理想を追い求めて走り続けています。
良かったらあなたも、僕と共に走り続けていきましょう!

ではこれで「マインド編」は終了です。
次の「実践編」で、またお待ちしています。

仁より