仁の「学校では教えてくれない人間関係の秘密」

~子供の頃に憧れた大人になれていますか?~

*

仁のプロフィール ~僕がブログを書き続ける理由~


 

 

ある朝、僕はいつものように目覚めた。

今日も同じ一日が始まる…

 

そうだ、仕事に行かなければ。

体を起こそうとした僕は、いつもとは違う妙な違和感を感じた。

 

‥‥体が動かない。

 

突然激しい頭痛が僕を襲った。

頭が石のように重い。

この時僕は、これまでにないほどの偏頭痛(へんずつう)に襲われていた。

 

僕は、自分の心がもう限界に達しようとしているのを感じていた…

 

 

 

 『仁』のプロフィールへようこそ

どうも、当ブログを運営している『仁(じん)』と申します。

僕のブログ、そしてプロフィールページへ来て下さって、ありがとうございます。

このページでは僕自身のこと、そして僕がなぜこのブログを書いているかなどについて話そうと思います。

 

僕は現在39歳(2015年11月現在)、一児の父親です。

このブログでは、主に人間関係を中心に綴っています。

なぜ僕が人間関係について書いているのか?

それを説明するには、僕自身の幼少期から話さなければなりません。

 

この記事は他の記事に比べ、ボリュームが結構多めになってますので、今あなたが忙しくてあまり時間が無いのであれば、時間のある時にゆっくり読んでみてください。

 

では、どうぞ。

 

 

 

 居場所を無くした幼少期

僕は、とある地方都市で、警察官の父、専業主婦の母、そして兄・姉という家庭に生まれた。

傍(はた)から見れば、ごく一般的な家庭。

ただし、父を除けば。

 

父はいわゆる仕事人間で、三度の飯より仕事が好き。

そして一切の妥協を許さない。

事件が起こればすぐさま飛んで行き、現場には一番乗り。

誰よりも努力し、誰よりも勉強し、常に結果を出し続ける。

そして、恐ろしいほどの自信家。

 

仕事人間の父は、仕事場でのやり方を家庭にも持ち込んだ。

子供に対しても妥協を許さず、言い訳などは一切受け付けない。

僕らきょうだいは常に結果を求められ、結果を出してもさらに上の結果を求められた。

そんな父に、兄と姉は反抗した。

しかし僕は違っていた。

僕は父が怖くて、何一つ反抗出来ずにいた。

 

きょうだいの中でも最も要領の悪かった僕は、物心ついた頃から常に父からダメ出しをされ続けていた。

これまでの人生を振り返っても、おそらく父からまともに認めてもらったことは一度も無い。

ひたすら父から否定され続けた。

 

しかし父は少しも気づいてなかった。

僕の中で少しずつ、何かが壊れ始めていたことを。

 

僕は次第に、自分の殻に閉じこもるようになっていった。

やがてストレスからか、僕はチック症の症状が出始めるようになっていた。

僕の意識とは関係なく出てしまうため、自分では止めることは出来なかった。

父も「放っておけば勝手に治るだろう」ぐらいにしか考えていなかっただろう。

まさかこのチック症が、この先何十年と僕を苦しめることとなるとは夢にも思わなかったはず。

 

やがて僕の「殻に閉じこもる行為」は、父だけでなく周りの大人、主に大人の男性をイライラさせ始めた。

僕は学校の先生やクラブの先生など、大人の男性から殴られたり嫌がらせを受けるようになっていた。

 

僕は世界から拒絶された。

この世界にはもう、僕の居場所は無い。

 

僕はさらに、自分の殻に閉じこもるようになっていった。

母がいなければ、僕は死んでいた。

 

 

 

 追いかけはじめた理想

やがて僕は社会人になった。

社会人になって僕が選んだ仕事、それは「葬儀社」。

この仕事に父は猛反対。

しかし反対するのも当然かもしれない。

 

僕が葬儀業界に入った当時、葬儀社の社会的地位はとても低かった。

・死体処理の仕事

・死の穢れ(けがれ)に染まった仕事

・人の死を金儲けに利用する仕事

そんな「誰もやりたがらない仕事」として、広く認識されていた。

 

だからとにかく反対された。

でも僕は譲らなかった。

生まれて初めて僕は、父に反抗した。

この時唯一本気で賛成し、父とケンカをしてまで僕を守ろうとしてくれた兄の姿は、涙が出そうなほど嬉しかった。

今でも昨日のことのように、はっきりと思い出せる。

 

そもそもなぜ、周りの反対を押し切ってまで僕は葬儀の仕事を選んだのか?

実はもともと葬儀の仕事がやりたかったわけではない。

僕が最初に選んだ仕事は「結婚式場」だった。

人を喜ばせることを仕事にしたい、そう思い結婚式場のフロント希望としてある会社に飛び込んだ。

しかしそこで、僕は強烈な違和感を感じる。

そこには僕が思っていたものとは全く違った世界が広がっていた。

 

当時は結婚業界自体が落ち目の傾向にあり、僕が飛び込んだ会社には、「売り上げ至上主義」「お客さんを喜ばせる気などサラサラ無い」、そんな空気が場を支配していた。

「こんな会社、続けていけるだろうか‥‥」

そう思っていた矢先、この会社が経営する葬儀部門に突然手伝いに行かされることとなった。

「葬儀をする気なんて、カケラも無い」そう思いながら行かされた場所には、再び僕が思っていたものとは全く違う世界が広がっていた。

そこには、遺族の心に寄り添うスタッフ、どうすればお客さんが喜んで下さるか頭を悩ませる姿、そんな光景が広がっていた。

 

僕はやっと、自分の居場所を見つけた。

当時の上司の反対を押し切り、僕は葬儀部門へと異動した。

 

この時から、葬儀を通じて多くの人を見続けてきた。

多くの人の最期、そして多くの人の人生。

いつしか僕は、「人はなぜ生きるのか?」という答えの無いものを、自分自身に問い続けるようになっていた。

でもいくら問い続けても、やはり答えは出てこない。

でもひとつだけ確信したことがある。

 

葬儀は大切な人の最期を見送る場。

身近な人の死を受け止めることにより、「生きること」を真剣に考える場。

つまり葬儀とは「人間教育の場」。

人が人として成長するための、大切な場であること。

 

葬儀の仕事に携わりながら僕は、昔の自分を思い出していた。

世界から拒絶され、自分の居場所を無くし、殻に閉じこもり続けた幼かった頃の自分。

もう二度とあんな辛い思いをしたくない。

そして誰にもあんな悲しい思いをさせたくない。

いつしか僕は、葬儀という仕事を通じて日本の教育自体を変えていきたい…と、本気で思うようになっていた。

 

 

 

 独立への道

順調に思えていた僕の葬儀人生。

しかし次第に暗雲が立ち込め始める…

 

葬儀に携わる人間として独り立ちし、ある程度経験を積んできた頃から、次第に僕は上司や年上の先輩とぶつかるようになっていった。

同僚や後輩とは良い関係が築けているのに、それが上司や年上となると、どうしても上手くいかない。

時には怒鳴り合いのケンカにまで発展してしまう。

 

そしてこの頃から、僕の体に様々な症状が現れ始めた。

幼少期に発症したチック症の悪化。

ストレスからくる偏頭痛。

そしてあがり症の症状。

 

偏頭痛は何とか薬でごまかすことが出来たが、あがり症はなかなかごまかすことは出来ない。

酷い時は、一度プレッシャーがかかるだけで2~3日もの間、手の震えが止まらないこともあった。

 

何かが狂い始めている‥‥

僕の中で、再び何かが崩れ始めていた。

 

そうしている内、次第に葬儀部門の方針も変わり始めてきた。

結婚式部門と同じように、売り上げ至上主義に変わり始めてきたのだ。

お客さんからは、取れるだけお金を取れ、売り上げを上げてこないヤツは給料も出さない、そう会社が言い始めた。

僕を取り巻く全てが少しずつ、そして確実におかしくなり始めていた。

 

 

会社に対する不信感が募り始めた頃、ある人間との出会いがあった。

この出会いが、その後の僕の人生を大きく変えていくこととなる。

 

僕と同じ会社に所属していた彼は、僕とは違う理想を持っていた。

しかし「葬儀業界を変えていきたい」という思いは同じだった。

そんな彼と意気投合し、それから彼とは共に独立への道を志す同志として行動を共にするようになった。

 

彼は、思い立ったら即行動に移す人間で、正直危なっかしくて仕方がなかったが、その反面人一倍行動力のある人間だった。

その彼に半ば引きずられるかのように、僕も独立を目指した。

しかし独立といっても、肝心の資金が全く無かった。

銀行からまとまったお金を借りられるような実績も無い。

独立の計画を着々と立てながら、僕らはスポンサー探しに奔走した。

 

何度も計画が行き詰まりながらも、とうとうスポンサーを見つけ出し、僕らは新たな葬儀社の立ち上げに成功した。

しかしこの時、葬儀業界の誰もが「僕らは失敗する」と思っていた。

というのが、どの業界でもそうだと思うが、葬儀業界というのは新たに会社を立ち上げても1~2年はまともに仕事は入らない。

知名度を上げて消費者から信頼を得るのは、そう簡単ではない。

しかも僕らには、葬儀を引っ張って来るようなツテや人脈も何も無い。

おまけに今は会館での葬儀が主流…にも関わらず僕らは会館すら持っていなかった。

まさに無い無いづくしの、ゼロからのスタート。

誰もが失敗すると思った。

 

僕らはとにかく必死だった。

休みも取らず、家庭も顧みず、全てを犠牲にして、不安の中ひたすら走り続けた。

出来ることは全てやった。

どんなことでもやった。

その結果、僕らはわずか半年で会社を軌道に乗せることに成功した。

 

おそらく周りの葬儀社からすれば、脅威に感じたかもしれない。

実際に何度か、他の葬儀社から嫌がらせや妨害も受けた。

でも僕らは、ひたすら前へ進み続けた。

ズタボロになりながらも走り続けた。

もう少しで道が開ける…そんな希望が見え始めた頃、僕が追い求めた理想を粉々に打ち砕く事件が起こる。

仕事に夢中になっていた僕は、静かに忍び寄る影に気づきもしなかった‥‥

 

 

 

 真っ二つに折れた心

ある年の年末、もう12月も終わろうとしていたある日、仕事も終わり僕は家に向かい車を走らせた。

自宅に着きドアを開けると、僕は妙な違和感を感じた。

そっと家の中に足を踏み入れると…誰もいない。

僕の家はもぬけの殻になっていた。

明るく鳴り響いていた子供の声は、もうそこには無い。

 

僕の家庭は崩壊した。

 

 

家族はおそらく実家に帰っているはず。

今すぐ連れ戻しに行きたい。

でも僕の仕事は葬儀。

24時間365日、いつ葬儀の依頼が入るか分からない。

一旦依頼の電話が入ると、その時何をしていようが、その瞬間会社に置いてある寝台車に乗って病院に向かわねばならない。

つまり、会社から離れることが出来ない。

 

僕は自分の無力さを痛感した。

あまりにも情けなくて涙が出てきた。

会社立ち上げという危ない橋を渡ることによって家族までも危険にさらしただけでなく、自分のことで精一杯になって家庭も全く省みない。

自分の理想ばかり追い求めて、家族を犠牲にし続けた。

家庭が壊れても当然。

自分の子供すら守れないのに、何が理想だ…

 

この時僕の心は、完全に折れた‥‥

 

 

 

 決意が世界を変える

その後何とか家族も戻って来てくれて、またいつもと変わらぬ日常が始まった。

しかし、僕にはもう生きていく気力は残されていなかった。

生きる目的を、失っていた。

この頃から、毎日のように死ぬことを考えるようになっていた。

 

 

ある朝目覚めると、自分の体に違和感を感じた。

体を動かそうとすると、頭に激しい痛みが走る。

まるで頭が石になったかのように重い。

仕事に行くどころか、体を起こすことすら出来ない。

偏頭痛、しかもこれまでのものとは比べ物にならない程のもの。

僕は、自分の心が限界に達しているのを感じた‥‥

それからしばらくして、これまで共に走り続けてきた仲間に仕事を辞めることを告げた。

 

僕はこれまで追いかけ続けた理想を、自らの手で捨てた。

葬儀を通じて日本の教育を変えていきたい、

幼い頃の僕のような思いを、もう誰にもさせたくない、

みんなが自信を持ち胸を張って生きていける世の中を作っていきたい、

理想を捨てると共に、生きる理由も僕は失った。

 

 

それから僕はいくつかの職場を点々とした。

転職先もやはり同じ葬儀業界ではあったが、どこの職場へ行ってももう自分の仕事に価値を見出すことが出来なくなっていた。

ただやるべきことをやるだけ。

ただそれだけ。

それ以上も、それ以下も、無い。

そんな日々がしばらく続いた。

 

やがて景気の悪化と共に給料も減り始め、しだいに僕の生活は苦しくなり始めた。

自宅のローンやその他の出費が重くのしかかり、家を売ることも僕は考えるようになった。

 

自分の力の無さに、ほとほと愛想が尽きた。

力が無いのは”罪”。

力が無ければ愛する人さえ守れない。

力が無ければ大切な人も危険にさらしてしまう。

 

でもこんな無力な僕にさえ、子供は慕ってきてくれる。

父親だと認めてくれる。

こんな情けない僕を、頼りにしてくれる。

 

僕の中で、再び何かが壊れた。

その壊れたものとは、これまでの弱かった自分。

何があってもこの子は僕が守る。

己の命をかけて、必ず守り抜く。

 

これまでずっと、死ぬことを考えながら生きてきた。

「俺にはもう存在する価値は無い」

「俺なんか死ねばいいのに」

そう思いながら生きてきた。

死にたいと思いながら、死を選べずに生き続けてきた。

しかし僕はこの時、自らの意思で【生きる】と決めた。

自らの意思で、生きることを選択した。

 

そしてこの生きる決意が、僕を取り巻く世界を大きく変え始めた。

 

 

 

 やっと気付いた父の想い

この時から僕は、子供を中心に全てを考えるようになっていった。

子供にとって、どんな接し方、言葉がけ、行動をすればいいか、常に考えるようになった。

 

しかし上手くいかない。

少しも自分の思うようにいかない。

どうして‥‥

 

考え抜いた末、ある重要なことに気付いた。

上手くいかない理由は単純。

それは「僕自身の人間的レベルが低いから」。

 

子供といえど、ひとりの独立した人間。

他人を自分の思うように動かし操ることなど出来ない。

例えこちらの言うとおりに行動したとしても、それは表面上の話。

その人間の心は動いていない。

その人間の心や本心を思い通りに動かすことなど、他人には出来ないのだ。

 

しかし実は、人を本心から動かす方法がひとつある。

その方法とは「影響力」。

人は言葉だけでは動かない。

その言葉に影響力が加わってこそ、本心から行動を起こす。

つまり今の僕は、子供に対して影響力を持っていないということ。

子供の目に僕は、憧れるような魅力的な大人として映ってない証拠。

僕の言葉に説得力が無いのも、子供からの信頼を勝ち取ることが出来てない証拠。

つまり子供を教育していくためには、僕自身が人として今以上に成長していかなければならいということ。

 

子供を教育するつもりが、逆に僕自身がたくさんの大切なことに気づかされた。

そしてもうひとつ、大切なことに僕は気付いた。

それは「父の気持ち」。

 

僕は物心ついた時から、父からずいぶん厳しく教育されてきた。

そんな父を嫌い、恨みながら生きてきた。

でも自分が父親という立場になって、やっと気付いた。

僕の父は、いつだって僕に対して本気だった。

本気だからこそ、あんなにも厳しくなってしまったのではないか。

そのことに、今頃になってやっと気づくことが出来た。

 

この気付きによって、この後僕にとって人生最大の変化が訪れることとなる。

 

 

 

 最大の欠点が強力な武器へと変わった瞬間

父の思いに気づいてから、僕は父を憎しみの対象から、いつしかひとりの人間として見るようになり始めていた。

 

僕の父は昔気質の人間で、「自分が法律だ!!」と言わんばかりの人間。(実際に「わしが法律じゃ!!」と言って怒られたこともある)

そんな人だから、子供に対する接し方も分からない。

どう扱っていいか分からない。

でも子供を大切に思ってるから、説教にもつい熱が入ってしまう。

 

そう思うと、僕の中からあれほど僕の心を占めていた父への恨みがだんだん消え始め、逆に父への感謝の気持ちが芽生え始めた。

僕はやっと父を許すことが出来た。

そして僕に起こった心の変化は、何の取り柄も無かった僕の中に強力な武器が隠されていたことを気づかせてくれた。

 

 

僕は物心ついた頃からずっと、父をはじめ周りの大人たちの機嫌を常に窺(うかが)いながら生きてきた。

大人たちの機嫌はどうか、良いのか悪いのか、今何を考えているのか、とばっちりが僕に飛んで来ないだろうか…そんなことばかりを常に考えながら生きてきた。

そしてその癖は、社会人になってからも変わらなかった。

常に上司や先輩の機嫌や心の状態を無意識に観察していた。

そして上司や先輩を恐れるあまり、しなくてもいいケンカや怒鳴り合いをやってしまうことも何度もあった。

 

「人が怖い」

僕の心を縛りつけ、人生を狂わせ続けた「他人への恐怖心」。

しかし父に対して起こった僕自身の心の変化が、僕を取り巻く世界の全てに波及し始めた。

父を許せたように他人に対しても許す心が生まれ、父を恐れなくなったように他人への恐怖心が薄らいでいくのを感じ始めた。

 

そして僕の人生を狂わせていた「他人の目を異常に気にする癖」が、いつしか僕にとって心強い武器となってくれていた。

異常に他人を恐れる心が、自分でも気付かぬ間に「異常なまでの観察眼」を作り上げていた。

僕はいつの間にか、他人の感情が読めるようになっていた。

相手の目線、表情、声の強弱、発する言葉、体の動き…そういったものの微妙な変化から、相手の中に今どんな感情が沸き起こっているのかが読み取れてしまう。

場合によっては短期間で相手の性格や人となり、相手の抱えるコンプレックスやトラウマ、そんなものまでも見えるようになっていた。

 

もちろんこれは、別に僕が望んで身に付けたものではない。

むしろ僕にとっては、自分を守るためにどうしても身に付けなければならなかった”忌むべきスキル”。

しかし皮肉にもこのスキルによって何も取り柄の無かった僕が、生まれて初めて自分に自信を持つことが出来た。

そしてこのスキルを使えば、なぜ人間関係が上手くいかないのか、その理由や原因を解き明かすことが出来るのではないか、僕はそう考えるようになっていった。

 

 

 

 終わりに…

かつては経済大国として、世界から羨望のまなざしを向けられていた日本。

しかし今の日本には、以前のような勢いを感じることは出来ません。

景気にも陰りが見え、回復の兆しは全く見えてきません。

 

経済の発展と共に、これからおそらく世界はますます機械化が進みます。

機械化が進めば進むほど、人はいらなくなります。

企業はコストを下げるために海外に工場を構え、または人件費を抑えるために外国人労働者を多く雇ったり、様々なものを海外へ外注に出したりし始めています。

完成度の高い日本製品は売れ残り、値段の安いものへとみんな流れ始めています。

日本にとって、まさに”弱肉強食”の世界が、もうすでに目の前にやって来ています。

 

今の日本には、希望が感じられません。

こんな日本にしてしまったのは、僕ら大人たちの責任。

このままでは次の世代を担う若者たちが、夢や希望を持って社会で頑張っていくことは出来ない…

 

 

僕には理想があります。

【日本の教育を変えていきたい、日本人の考え方や意識を変え、みんなが自信を持ち胸を張って生きていけるような世界にしたい。】

これは、かつての僕が一度は捨ててしまった理想です。

僕はこの日本を変えていきたい、本気でそう思います。

 

 

僕の掲げる理想、あなたは笑いますか?

「お前なんかに何が出来る?」

「日本人の意識を変えるだなんて、大それたことを…」

だなんて思いますか?

 

確かに僕は教員免許を持っているわけではありません。

心理学などを基礎から専門的に学んでいるわけでもありません。

高い社会的地位や強い権力を持っているわけでもありません。

 

ブログで話す内容は全て、僕自身の実体験と、独自に学んだことによって導き出した法則です。

ある意味”我流”に近いと言えます。

だから100%正しいとは言いません。

でも、絶対の自信があります。

なぜなら単なる教科書から学んだ知識ではなく、全て自分が苦しみ痛い思いをして得た真実だからです。

 

学びには臨場感が必要です。

例えば社会の授業で歴史を学ぼうと思っても、あれだけ教科書を読んでも頭に入らなかった内容が、マンガや物語調の説明だと、スっと頭に入ってしまう、って経験ありませんか?

教科書のような整えられた実感の無い言葉では、心に響かないんです。

生の実体験に基づく臨場感のある言葉じゃないと、心に届かないんです。

 

先ほども言いましたが、僕の話す内容は全て僕自身の実体験に基づいたもの、実体験に様々な学びをプラスして導き出した法則です。

僕は自分自身の心を見つめ直すことにより、これまで自分の人生を変え続けてきました。

 

幼少期から何十年と僕を苦しめてきたチック症。

社会人になってから、ここぞという時に僕の邪魔をし続けてきた極度のあがり症。

そして僕を思考停止に陥(おとしい)れ、体の自由さえも奪った偏頭痛。

 

自分と本気で向き合うことにより、僕を苦しめ続けたこれら3つの症状も、数か月で完全にコントロールできるようになりました。

【人間は本気で変わろうと思えば、変わることが出来る】

僕はそれを、僕の後に続く世代に伝えていきたいんです。

 

もちろん今の僕には、世の中を変えていく力などありません。

日本人みんなの意識を変えていくような力など、到底ありません。

でも全てを変えていく力が無くとも、自分の手の届く範囲だけでも変えていくことは出来る。

僕に関わってくれる人たち、そして、こうして僕のブログを読んでくれているあなたにも、僕が経験し、得たことを伝えることは出来る。

 

 

僕はまだまだ成長の途中です。

学ぶべきことは、まだたくさんあります。

上手くいかないこともいっぱいあるし、自分の力ではどうにも出来ないこともたくさんあります。

でも、それでも前に進み続けます。

前へ、前へ、進み続けていきます。

 

あなたはどうですか?

もしあなたの心に何かしらの迷いがあるのなら、あなたさえ良ければ僕と共に歩んでいきませんか?

良かったら、お気軽にコメントをください。

記事の感想でも、あなた自身の抱える悩みでも、僕に対する意見やアドバイスでも、何でも構いません。

返事が遅くなることもありますが、必ず返事を返します。

 

こんなにも長い文章を最後まで読んでくださって、本当に本当にありがとうございます。

僕の個人的な話にここまで付き合って下さるということは、あなたはもう僕の仲間ですね(笑)

では、ブログ記事内でまた会いましょう。

 

 

ー仁よりー

 

 

 

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公開日:
最終更新日:2017/06/21

Comment

  1. ラクーン より:

    はい、仲間です。
    ブログ楽しみに毎日チェックしています。
    これからもよろしくお願い致します!

    • jin-kouno より:

      ラクーンさんへ

      仁です。
      コメントありがとうございます。
      仲間が出来て、すごく嬉しいです!!

      更新頻度にかなりムラがあると思いますが、頑張って更新していきますので、これからも宜しくお願いしますね。

  2. N、N より:

    一児の母です。
    全てが望む事と反対の現実が起き、苦しみながら日々過ごしております。
    いろいろ調べていたら、あなたのブログにたどりつき興味を持ちました。

    • jin-kouno より:

      N、Nさんへ(仁より)

      辛い中コメントを下さって本当にありがとうございます。
      僕もこれまで、やることなすことが裏目に出てしまい、生きることに希望を失ったまま生きてきました。

      僕とN、Nさんの置かれている状況は、もちろん違うと思います。
      でも僕のこれまでの経験が、N、Nさんのこれからの人生において少しでも参考になるよう全力で記事を書いていきます。

      もしご質問などあれば、またコメントをいただければと思います。

  3. mosayune より:

    はじめまして。

    僕もすがる思いで仁さんのブログにたどり着きました。

    プロフィールに書いてあることが自分の置かれた環境と近く、歳も同じじで、勝手に仲間意識を持ち興味深く拝見させていただいています。

    考え方、捉え方を変えたプロセスなどお聞かせ頂けれると嬉しいです。

    • jin-kouno より:

      mosayuneさんへ

      はじめまして、仁と申します。
      ようこそ僕のブログへ来て下さいました。

      mosayuneさんは僕と同じ歳なんですね。
      しかも置かれている環境も僕と非常に似てらっしゃる。
      ということは、mosayuneさんはもうすでに僕の仲間ですね。

      考え方や捉え方を変えたプロセスなども、また書かせていただこうと思います。
      更新頻度にかなりムラがありますが、mosayuneさんのご参考になれるような記事を全力で書いていきますので、これからも宜しくお願いします。

      僕もまだまだ未熟な部分もあります。
      共に前に進んでいきましょう!!

  4. ひだまり より:

    はじめまして。ひだまりと申します。
    「感情が乱れる」 というフレーズでこちらまでたどり着きました。
    仁さんのプロフィール拝読させていただきました。
    仁さんの書かれる文章から、とても誠実なお人柄を感じました。
    私にも二十歳を過ぎる子供がおります。
    今まで本当にたくさんの山あり谷ありの人生を経験してまいりました。
    (まだまだ途上ですが・・汗)
    そして今、心理学の勉強をしております。
    こちらで、いろいろと学ばせてくださいね。
    どうぞ宜しくお願いいたします。

    • jin-kouno より:

      ひだまりさんへ(仁より)

      初めまして、仁です。
      僕のプロフィールを読んでくださってありがとうございます。

      ひだまりさんは心理学の勉強をしておられるんですね。
      そしてこれまで多くの山あり谷ありの大変な人生を歩んでこられた…

      ぜひひだまりさんのこれまでの人生や人生観を聞いてみたいです。
      僕もまだまだ発展途上中です。
      学ぶべきことはまだまだたくさんあります。
      僕の記事や考えに対し、ひだまりさんの知識や経験を踏まえた上でのお考えなどがあれば、ぜひ教えていただきたいです。

      これからも宜しくお願いしますね。

  5. タンポポ より:

    初めまして、タンポポと申します。
    仁さんのブログいくつか拝見させていただきました。
    読んでいていつの間にかぬるま湯に浸かり始めているのは自分なのかもしれないと思いました。
    これからどうやって自分の心を取り戻したらいいのかまだ分かりません。
    人に対してもドライになりつつある自分が怖いです。
    また寄らせて頂きます。ありがとうございます。

    • jin より:

      タンポポさん、メッセージありがとうございます。

      僕は随分長い間、ぬるま湯に浸かりきっていました。
      その結果、強制的に人生の問題と向き合わされることとなってしまいました。

      僕自身、今も手探り状態で生きています。
      迷うことも、いっぱいあります。

      このブログで書いている記事も、手探り状態から見つけ出した答えであり、100%正しいと断言できるものでもありません。
      タンポポさんにとって、僕の記事がどこまで参考になれるのかは分かりませんが、少しでも参考に出来る部分や人生を変えるきっかけになれる部分があれば、とても嬉しく思います。

      何かあれば(何かなくても?)、遠慮なくメッセージ下さいね。

      では。
      仁より

  6. ちか より:

    仁さん、ありがとうございます。仁さんの言葉には、安心感があります。
    目から鱗です。難しく考えていた自分がいた。生きもうけしていくには、人間関係は外せません。まだ、記載したプログを全部読んでいませんが、お気に入りに入れたのでコツコツ読んでいきたい。仁さん 経験から得た生の実体験に基づく臨場感のある言葉 私にはよく、解り実践していきたいと心から思いました。感謝。

    • jin より:

      ちかさん、コメントありがとうございます。

      僕なりに自分自身が抱えている悩みを突き詰めていくと、その根っこは全て人間関係に対する悩みでした。

      全て…と言い切ることは出来ませんが、人の抱える悩みは人間関係(対人関係)が元になっていると僕は考えています。

      僕は心理学などを専門に学んだりしてきたわけではありませんが、もし僕の経験がちかさんにとって少しでもご参考になれれば、とても嬉しく思います。

      僕自身、まだまだ学びの途中です。
      まだまだ成長していきたい、もっともっと進化していきたい、そう思います。
      ちかさんさえ良かったら、一緒に歩んでいきましょう。
      何かあればご遠慮なさらずメッセージ下さいね。

      では。
      仁より

  7. akira より:

    色々勉強していて、こちらに辿り着きました。

    経験された方のリアルな言葉というのは
    本当に人を救う力になります。

    私はカウンセラーをしておりますが、
    仁さんと同じように自分自身が様々な経験をして
    少しでも自分と同じような事で悩んでいる方の力になりたいと思ったからです。

    キレイ事だけでは生きてはいけない。
    でも人のココロを救う術や人の優しさを
    届ける事は出来る。

    元気と勇気を貰いました!
    ありがとうございます( ´∀`)

    • jin より:

      akiraさん、メッセージありがとうございます。

      ブログ、拝見させていただきました。
      とても優しく分かりやすい言葉で書かれた文章、思わず読み入ってしまいました。

      でも個人的に好きなのは「akira節(愛の説教部屋)」です^^
      シビれました。

      これからもakiraさんのブログで、たくさん学ばせてもらいますね。
      宜しくお願いします。

      仁より

  8. ねねこ より:

    初めまして、ねねこと申します。
    私は自己肯定感が低く、そんな自分を変えたいと色々な自己啓発の本や記事を読んでいます。
    いくつか読ませて頂きましたが、共感する部分が多く、読み始めたら時間を忘れる程でした。そして『もうすでに仲間ですね』の言葉に涙が込み上げてきました。
    言葉に温かみがあり、読む毎に成長出来そうな気がしました。多くの悩んでる人に読んで欲しいです。
    これからも読ませて頂きます。
    応援しています!

    • jin より:

      ねねこさん、
      メッセージありがとうございます。
      仁です。

      僕の長~いプロフィールを読んでくださって、ありがとうございます(笑)

      僕はいわゆる、「人生の落ちこぼれ」でした。
      常に劣等感にまみれ、周りのみんなと同じようにただその日一日を生きることさえ苦しい、だからといって死ぬ勇気もない、そんな人間でした。

      でも、落ちこぼれには「落ちこぼれにしか見えない景色」がある。
      優秀な人間には気付くことすら出来ない「人間の本質」が見える。

      僕はこれまでずっと底辺を生きてきました。
      そして、底辺から這い上がりました。

      底辺から這い上がるという過程を経なければ見えない景色がある。
      底辺から這い上がった人間だからこそ、その「這い上がり方」も分かる。

      僕はまだまだ未熟です。
      まだまだ成長したい、
      もっともっと進化していきたい、
      子供達が憧れるようなカッコイイ大人になりたい、
      いつも、そう思っています。

      そしてブログなどを通して僕のつたない経験をより多くの人に伝え、その魂に勇気の炎を灯すことが己の使命だと思っています。

      ねねこさん、何かあれば遠慮なくメッセージをください。
      一緒に前に進んでいきましょう!!

      仁より

  9. マイ より:

    幼少期の父親への想い、そして異常なまでの他人の視線、子育ての悩みなど、仁さんの言葉にはげまされました。
    自殺願望が消えず闘ってる毎日ですが、仁さんの仲間として迎えてもらえるなら少しずつ前を向いていきます。
    ありがとうございました。

    • jin より:

      マイさん、メッセージありがとうございます。
      そして返事が大変遅くなってしまい、本当にすみません。

      かつての僕も、
      「俺なんか、死んだ方がいい。
      いや、死んで全てを終わらせてしまいたい。
      死んで、もう全ての苦しみから解放されてしまいたい。」
      そう思いながら生きてきました。

      生きる意味や目的を考える以前に、その日一日を生きながらえることで精いっぱい、ただ生きることさえとてつもない困難だと感じながら生きてきました。
      もちろんマイさんの置かれている状況や苦しみは、僕と同じとは限らない。
      でも、ただ生きていることさえ困難で苦しいという気持ちは、分かるつもりです。

      マイさん、
      僕にメッセージをくれた瞬間から、マイさんは僕の仲間です。
      僕にはまだまだ力が足りない。
      でも僕と縁を結んでくれた人には、絶対に僕と同じような思いをしてもらいたくない。
      自分らしい人生を、自分の足で歩いてもらいたい、そう思っています。

      何かあれば、遠慮なくメッセージを下さい。
      僕に出来ることは限られているかもしれない。
      でも、共に生きる仲間として、一緒に歩ませてもらいます。
      共に前に進んでいきましょう。

      仁より

  10. やめおじ より:

     今日から私も仲間に入れて下さい。
    もうすぐ59歳、職を転々とし現在は介護の仕事をしています。
    認知症の高齢者のお世話はある意味、人間の限界を見るという悲しい仕事でもあり、たいへん興味深い仕事でもあります。
    それはそれで楽しくやっているのですが、職場の人間関係の難しさはどこに行っても、いつまで経っても苦手です。そんな時こちらのブログを拝読し、これは参考になると思いました。今日はプロフィールを読ませていただきました。ひとつずつ読んで勉強させていただきたいと思いますのでよろしくお願いします。

    • jin より:

      やめおじさん、メッセージを下さってありがとうございます。

      「今日から私も仲間に入れて下さい」
      もちろん大歓迎です。
      こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します。

      やめおじさんは、介護の仕事をされているんですね。
      「認知症の高齢者のお世話はある意味、人間の限界を見るという悲しい仕事」
      とても深く、そして重い言葉ですね。

      それにしても、人間関係というのは本当に難しいものですね。
      僕もブログでは偉そうなことを言ってますが、僕自身まだまだ未熟であり、試行錯誤の毎日です。

      僕のブログは基本的に、自身の実体験をもとに記事を書いています。
      心理学などを基礎から学んだりしているわけでもありません。
      だから記事によっては、かなり偏った内容になっているものもあると思います。
      もしご参考にしていただける部分が少しでもあるのなら、嬉しく思います。

      僕もまだまだ学びの途中です。
      もっと成長したい、もっと進化したい、そう思っています。
      もし僕と共に学びの道を歩んでいただけるのなら、これほど嬉しいことはありません。

      何かあれば、遠慮なくメッセージを下さい。
      返事が遅くなることがよくありますが、必ず拝見させていただき、返事をさせていただきます。
      ではでは、どうぞよろしくお願いします。

      仁より

  11. 匿名希望 より:

    コメント失礼します
    仁さんの今に至るまでの生活がすごく心に響きました
    仲間になりたい、と思っても私にはなれないです
    私は重症ではないけど鬱の傾向があると診断されました(インターネットにある診断で)
    なぜなれないと思ったかというと、私の家は普通の家です
    仁さんや他の皆さんのように親が厳しいとか、虐待とかそんなのは全く無くて極普通の一般家庭です
    いつから、なぜ自分がこんな事になっているかは分かりません
    自己分析してみたのですが、その結果、無気力・(悪い意味での)自意識過剰から来ているのではと思います
    合っているか分かりませんが、全て私の心から来ているという事なのでどうしたらいいのか分かりません
    お返事いただけると嬉しいです
    長文すみません

    • jin より:

      匿名希望さん、メッセージありがとうございます。
      そして返事が大変遅くなってしまい、本当にすみません。

      メッセージ、拝見させていただきました。
      それでまず最初に伝えておきたいことがあります。

      僕は幼い頃から、父から大変厳しく育てられてきました。
      子供の頃に父に甘えた記憶は、正直ありません。
      大人になるまで、ひたすら自分の殻に閉じこもり、必死で自分を守りながら生きてきました。

      でも、だからと言って他の人達と比べて僕だけが不幸だったのか?と言われれば、そんなことはありません。
      僕より辛い人生を送ってきた人なんて、それこそいくらでもいます。
      地球規模で考えれば、日本より大変な状況に置かれている国なんて、いくらでもある。
      今日一日を生きることさえままならない人が、この世界には山ほどいる。

      あなたはごく普通の一般的な家庭で育ってきたから僕らとは違うと思っているかもしれません。
      あなたの目から見れば、僕が大変な人生を送って来たかのように見えるかもしれない。
      でもね、そんなことはありません。

      何に悩み、どんなことで苦しむかは、人によって違うもの。
      実は僕の身近に、僕とは比べ物にならないほど悲惨な子供時代を過ごしてきた人がいます。
      でもその人に子供時代の話を聞くと、あっけらかんとした顔で平然と子供時代の悲惨な話をし始めます。
      僕から見れば、「この人は、何て悲惨な子供時代を過ごしてきたんだ…」と同情してしまうのですが、その人自身は自分がそこまで悲惨な子供時代を過ごしてきたなんて思っていないようなんです。

      これまでどんな辛い人生を送って来たとか、どんな厳しい環境で育ってきたとか、そんなことははっきり言ってどうでもいいと、僕は思っています。
      大事なのは、どんな経験をしてきたかではなく、その経験によって何を学んだかということ。
      苦労してきたからいい、というわけではない。
      それこそ、これまでの苦労が全く身についてない人、苦労した経験が全く役に立ってない人は、いっぱいいます。
      苦労したとかしてないとかではなく、自分の置かれた環境から、一体何をどれだけ学ぶのかが大事。
      その人間に「学ぶ姿勢があるかどうか?」が大事であり、それが全て。
      単なる不幸自慢・苦労自慢ほど、役に立たないものはありません。

      あなたは今、悩みを抱えていますよね?
      そしてそれを解決したい、つまり現状を打破して前に進んでいきたいという意思があるということですよね?
      その意思があるのなら、あなたはもうすでに僕の仲間です。
      あなたは僕の仲間になれないと言っていますが、もう仲間になっているんですよ。

      それで、あなたの抱える問題を整理させてもらいたいんですが、今あなたは軽い鬱状態であり、人生を思うように生きることが出来ない。
      そしてその原因をご自分で分析した結果、無気力・自意識過剰が原因ではないかと考えている。
      ということですよね?
      いただいたメッセージからだけでは、あなたに関する情報が少ないため、なかなか返事をお返しすることが難しいのですが、僕なりに思ったことを話していきますね。

      今あなたが具体的にどんなことで困っているのかが僕にははっきり分からないのですが、あなたのメッセージの中から「鬱」「無気力」「自意識過剰」という3つのキーワードが出てきましたので、この3つを元に僕の想像で話させてもらいます。
      この3つのキーワードを見比べて考えてみた結果、僕の中に、ある1つの思いが浮かんできました。
      もしかして、あなたの心の中には「どうせ自分なんて…」という思いがありませんか?

      もしかすると、あなたとは違うかもしれませんが、僕にもあなたと似たような時期がありました。
      常に気分が落ち込んだ状態で、何もする気が起こらない。
      何をやっても楽しいと思えない。
      生きているのか死んでいるのかさえ分からないような鬱状態。
      でも人の目は、気になる。
      人の視線が気になってしんどいから、もう誰とも会いたくない。
      そんな状態が、ずいぶん長く続きました。

      その時の僕の心の中には、こんな思いであふれていました。
      「どうせ俺なんて、誰からも認めてもらえない」
      「俺なんか頑張ったって、どうせダメに決まってる」
      「どうせ誰も、俺のことなんて好きになってくれない」
      「俺がいるだけで、周りの雰囲気が悪くなってしまう」
      「俺なんて、誰からも受け入れてもらえない」
      「どうせ俺の人生に、明るい未来なんて待っていない」
      こういった思いで、溢れていました。

      僕が鬱のような状態に陥ってしまって抜け出せなかった原因、それは「極端なまでの自己肯定感の低さ」。
      当時の僕は、まさに自己否定の塊のような人間でした。
      あの頃の僕は、自分で自分にダメ出しをして、自ら自分を鬱状態に追い込んでいた。
      でもそのことに、自分で全く気付いていなかった。

      自分の自己肯定感の低さに気づいてから僕は、自分にダメ出しをすることをやめました。
      いくら自分にダメ出しをしたところで、状況が良くなることは決して無い。
      同じ生きるなら、そしてどうせ一度きりの人生であるのなら、自分を否定しながら生きるのではなく、自分の可能性に賭けてみよう。
      もしそれでダメになったら、その時は潔く人生を諦めるだけ。
      この命が尽きるまで自分の可能性に賭けて、僕に与えられたこの人生を全力で駆け抜けよう。
      そう心に決めました。

      それからの僕は、どんなことがあろうとヘコたれなくなり始めました。
      どこかの記事でも話していますが、僕の口癖は「さすが俺」です。
      日々当たり前のようにこなしている仕事でも、
      「何も考えずに当たり前のように仕事をこなせるなんて、さすが俺」です。
      自分を評価するのは、他人ではなく自分自身。
      俺の価値は、俺が決める。
      他人の評価など、クソくらえだ。
      そうやって常に自分を応援し続けた結果、僕の自己肯定感はどんどん上がっていき、気付けば鬱状態からも抜け出していました。

      もちろん僕とあなたとでは、いろいろと状況は違うと思います。
      もしかすると僕の言っていることは全くの見当外れかもしれないし、全く参考にならないかもしれない。
      ただ、少しでもあなたの役に立てる部分があったなら、とても嬉しく思います。

      これを読んで、何か疑問や質問があれば、遠慮なくメッセージを下さい。
      また、具体的に困っていることや悩んでいることがあれば、言ってください。
      僕で良ければ、僕なりの考えを話させてもらいます。

      さっきも言いましたが、あなたはもうすでに僕の仲間になってしまっています。
      共に前に向かって進んでいきましょう。
      では。

      仁より

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