仁の「学校では教えてくれない人間関係の秘密」

~子供の頃に憧れた大人になれていますか?~

*

周囲のライバル達を引き離せ!その他大勢から”デキる奴”へと変身する方法。

   


実はここ最近、ある女性とブログのメッセージ欄でずっとやり取りをさせていただいています。

職場の人間関係をはじめ、いろいろ話をさせていただいてるんですが、そのメッセージの中で

「私はもっと仕事で成長したいです、どうしたら成長して成績が伸びるか、何かアドバイスをもらえないでしょうか?

という言葉をもらいました。

 

僕はこれまで16年ほど、いわゆるサラリーマンをしてきました。

新人の頃は毎日怒られてばかりでしたが、一生懸命仕事を覚え、やがて上司にも認めてもらえるようになり、今では他の複数の会社から声もかけていただけるようになりました。

実際僕はこれまでいくつか会社を変わっているんですが、ほぼ先方からのお誘いによって転職しているため、実は未だに就職活動とかのやり方も知りません。

 

 

ということで今回は、

これまで僕がどうやって成長してきたのか、

どうやってその他大勢から抜け出し周りから認めてもらえるようになれたのか、

といったことを話そうと思います。

 

もし今のあなたの状況に当てはまる部分があれば、ご参考にしていただけると嬉しいです。

 

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 受け取る給料は、労働に対する対価ではない

成長するために、僕自身が何をしてきたか?

どんな努力をしてきたか?

周りのみんなと僕は、一体何が違うのか?

これまでの人生を振り返り、考えてみました。

 

考えた結果、おそらく周りのみんなとは大きく違うと思われる点が、2つほどありました。

その2つの点について、話していきますね。

 

 

まず1つ目は、「給料に対するとらえ方」

給料っていうと、普通は「労働に対する対価」と考えますよね。

あなたもそう思っていますか?

もしそうだと思っているのなら、たった今からその考えは捨ててください。

受け取る給料と仕事内容は、別のものだと思ってください。

 

「給料=労働の対価」と考えてしまうと、もしあなたの今の給料が満足のいく額でない場合、

「給料とは労働の対価だから、これだけしか給料がもらえないならそれだけ分の仕事しかしないよ」

という発想になっていきます。

 

すると、給料分の能力しか発揮しないよう無意識に自分の力をセーブし始める。

そうなると、あなたの成長は確実に止まります。

給料分の力・能力しか発揮しないわけだから、給料が上がらない限り、あなたの能力も上がらないことになります。

でもあなたの能力や実力が上がらなければ会社からの評価も上がらないし、当然あなたの給料も上がりませんよね。

増えるのは給料ではなく、会社への不満だけです。

 

だからたった今から、こう考えてください。

給料を稼ぐために働いてるのではなく、「給料を稼ぐスキルを身に付けるために、今一生懸命働いている」と考えてください。

 

「俺は将来大きく成長し、大きな金額を稼げるようになるために今頑張っている。

そのためのスキルを今身につけている最中なんだ。

今はお金をもらいながらスキルの勉強をさせてもらっている。

だからもらえる金額はいくらだろうと、今は関係無い。

いずれ大きく成長した時に、それ相当分のお金はもらう。

スキルを身に付けた時、しっかりともらう。」

 

「給料=労働の対価」と捉えている限り、収入が上がることはまずありません。

大切なのは、

「給料=労働の対価」

と捉えるのではなく、

「将来豊かな人生を送るためのスキルを、今自分は磨いているんだ」

と考え、とにかく自分のすべきことに集中する、自分が成長することに全力を尽くすのです。

 

詳しくは、こちらの記事↓

【会社から正当に評価してもらえない…見合った給料をもらえない…そんなあなたが稼げるようになるには】

で話してますので、ご参考にしてみて下さい。

 

給料に対する考え方を変えるだけで、あなたの成長は間違いなく加速します。

 

 

 

 常に相手の期待値を超えろ!

次に2つ目は、

「常に相手の期待値を超えるものを提供する」です。

 

これはどういうことかというと、例えば僕が今やっている仕事はサービス業です。

お客さんからお金をもらい、その金額に見合うサービスをお客さんに提供します。

でも僕は、必ずお客さんの予想を超えるサービスを提供しています。

 

お客さんというのは、

「これぐらいの金額を払えば、これぐらいのサービスをしてくれるだろう」

という予想をします。

これだけ支払ったんだから、これぐらいのことはやってくれるだろうといった期待をするわけです。

金額に見合ったサービスを期待するわけです。

 

でも僕は、

「この金額に対して、ここまでやってくれるのか!?」

「この金額で、ここまで私たちのことを考えて行動してくれるのか!?」

というとこまでやります。

お客さんの期待値を超え、驚きと感謝の波が押し寄せる、という所を常に目指します。

 

「この金額だから、これぐらいでいいか」では、はっきり言って何も進歩はありません。

自分にリミッター(制限)を設けてしまっては、成長することなど出来ません。

もらった金額以上の価値を提供する、お客さんの予想や期待を超えるものを提供する、そうすることによって初めて自分自身が成長し、また成長することによって大きな金額も稼げるようになるのです。

 

またこれは、単にお客さんに対してだけの話ではありません。

僕は内部の社員に対しても、同じことをやります。

 

例えば社内で配る資料なんかでも、

「お客さんが見るわけじゃない。内部の社員が見るだけだから、見て内容が確認出来る程度のものでいいか。」

なんてことはしません。

内部で回す簡単な資料でさえも、常に高い完成度を目指します。

どういう配置にしたら分かりやすいかといったレイアウトを考えたり、どういった表現を使えばより深く理解してもらえるかといったことなどを、出来る限り突き詰めます。

お客さんに対してだけでなく内部社員に対しても同じように、周りの予想や期待を超える価値を作り出し提供することに、とことんこだわります。

僕の頭の中は、周囲の予想を超えるものを提供する、周囲の期待値を超える価値を提供する、そういったことを常に考えています。

 

また新人の頃はよく、先輩から営業用のツールなどをもらっていました。

そして周りを見渡すとみんな、そのツールをそのまま使ってるんです。

でも僕はもらったツールを、必ずバージョンアップさせて使います。

自分なりに改良を加え、より良いと思えるものに改造して使います。

 

もらったものをそのまま使えば、単なる真似でしかありません。

それだとどんなに頑張ったって、そのツールをもらった先輩の単なる劣化版に成り下がるだけ。

その先輩を超えることは出来ない、その先輩を超える価値を生み出すことなど出来ないのです。

 

僕はこれまでずっと、周りの予想や予測を超える、周りの期待値を超えることを常に考えながら仕事をしてきました。

その結果、当たり前の仕事しかしない人間と比べて何倍も速く成長することが出来ました。

当たり前のことだけをしていては、残念ながらなかなか成長はありません。

 

相手にとってそれが最適なものなのか…

その仕事に対して自分の力を最大限発揮出来ているか…

相手の期待値を超えるものを提供出来ているか…

自分なりの価値を生み出し、それを提供することが出来ているか…

自分の一つひとつの仕事や行動に対し、問いかけてみて下さい。

それを続けていると、あなたはイヤでも成長してしまうはずです。

 

 

 

 最後に…

ということで、これまで僕は自分自身が成長するために、以上の二つのことを常に心がけながらやってきました。

そしてこれは仕事中だけでなく、プライベートでも意識するようにしています。

 

例えば子供と遊びに行く時でも、

どんなとこに行ったり、どんな遊びをしたら子供の成長に良い影響を与えられるか?

どうしたら子供の人生にインパクトを与えられるか?

どうしたら人生が楽しいと感じられるようになるか?

といったことを常に考えています。

子供に対し、常にプレゼンしているような感覚です(笑)

 

良かったらあなたも心がけてみて下さい。

きっと見える世界が変わるはずです。

成長の速度が、きっと加速していくはずです。

何よりあなたの人生が、楽しくなるはずです。

 

一度きりの人生、せっかくなら自分の可能性にかけてみましょう。

 

仁より

 

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Comment

  1. 焼肉 より:

    仁さん
    記事にして頂きありがとうございます!
    とても楽しく読みました

    給料に対する考えですが、これだけなのでこれしかやらないとゆう考えはありません
    仁さんのお察しの通り真面目です

    期待値を超えるが難しく、
    私は嫌がって誰もやらない面倒な仕事は自ら率先してやりますし、成績に関係ないような仕事もしています
    私もサービス業であります
    お客様はもちろん内部の方にも喜ばれるように働いていますが、
    私のしていることは余計な事であるのかもと喜ばれないことかもと…
    成績が伸びても給料は変わりませんが、順位があるのでみんな必死です
    他の方はやるべき事はせず、成績に関係の無い仕事はしませんし、さぼっているのに成績が私よりも上です
    先輩を超えて仕事を任されていても結果が悪く、結果が全てと言われます
    私の頑張りが間違っていたり自己満足なのではと気づきました
    恋愛相談でもあった想像力を仕事でも使えるのかと思いますが、
    どう使えば良いかわかりません
    相手がどうしたら喜んでもらえるのかわかりません

    • jin より:

      焼肉さん、メッセージありがとうございます。
      そして返事が遅くなってすみません。
      僕のいる業界が、この12月~3月ぐらいまでが最も忙しい時期なもので、仕事が立て込むと睡眠すら取れなくなってしまうもので…

      とは言ってももちろんメッセージなどは遠慮なく下さいね。
      返事が遅くなっても必ず拝見させていただいて返事をさせていただきますからね。

      それにしても焼肉さん、本当に真面目で誠実な人ですね。
      焼肉さん、ホントにうちの会社に欲しいぐらいです。

      それで、「相手がどうしたら喜んでもらえるのかわからない」ということですが、とても難しい問題ですね。
      焼肉さんのいる会社はどちらかというと、チームワークを重んじるより結果優先の会社のようですね。

      僕も昔いた会社が、思いっきり結果重視の会社でした。
      給料がほぼ全て歩合給であり、月によっては何倍も給料が変わってしまう。
      成績が悪ければ、給料は出さない。
      成績が悪ければ、平気でただ働きをさせる。
      成績の良い人間ばかりが評価され、出世していく。
      お客さんからどんなに評価が高くとも、成績が悪ければ認めてもらえない。
      そんな会社でした。

      だから人の出入りも激しく、人材が育たない、人が残らない。
      その業界ではそこそこ大きな会社だったんですが、人を育てるという発想が全くない会社なので、残念ながら今ではその会社はかなり傾いてしまっています。

      そんな会社で僕は、7年半ぐらい頑張りました。
      チームワークの欠片もないような会社だったんですが、何とか協力体制を作り、僕の後に入ってくる後輩たちが希望を持って働いていける会社を作ろうと、自分なりに頑張ってみました。
      しかし力が及ばず、結果至上主義という会社の方針は少しも揺らぐことはありませんでした。

      そんな会社で僕が、一体何を考えながら働いていたか?

      そこの会社にいた時に限ったことではないのですが、基本的に僕は、「どんな会社に入っても、どんな状況に置かれても、自分の力で生きていける力を身に付けるんだ」ということを常に意識しながら働いています。
      どんな状況でも通用する、そんな自分を作ることを一番の目的としながら仕事をしています。

      僕が人のために頑張るのも、突き詰めていけば「自分自身の成長のため」です。
      自分に力が無ければ、いざという時に自分を守ることは出来ません。
      そしてそれ以上に、自分の大切な人を守ることも出来ません。

      どうすれば周りから感謝されるか?
      そういった思いも、突き詰めていけば「周りから感謝されることによって、自分が価値ある人間だということを確認したい」「感謝されることによって自分はここにいてもいいんだということを確認し、それによって安心したい」といった思いが根底にあるのだと思います。

      焼肉さんは、なぜ周りから喜んでもらいたいと思うのですか?
      その目的は何ですか?
      より良い人生、より充実した人生を送るためには、目的にこだわらないといけません。

      結果というのはあくまで、より良い人生を送るための”手段”でしかありません。
      人から感謝されるというのも、同じく”手段”です。
      人の気持ちを汲み取るというのも、やはり”手段”です。
      手段というのは、目的を達成するための方法であり道具。

      それらの手段を用いて僕らが達成しようとしている目的、それは「充実した人生を送る」ということ。

      周りの空気を読んだり、人の気持ちを汲み取ったりしてあげるのも、とても大切なことです。
      でもそういった行為も、あくまで「充実した人生を送るための手段」です。
      人の気持ちを汲み取ってあげること自体が目的ではありません。

      だから、あまり人に喜んでもらうことにとらわれ過ぎる必要は無いと思います。
      例えば場の空気が読めなくても、周りと良い人間関係を築けている人なんかもたくさんいます。
      僕の身近にも、全く空気が読めないのに、あまりにも能天気すぎて、そこにいるだけで場の空気を明るく変えてしまうような人がいます。
      逆に人の気持ちに敏感すぎて、落ち込んでる人と一緒にいるとその人と共鳴してしまい、さらにその人間を落ち込ませてしまうような人もいます。

      人の気持ちが読めるからそれで良いわけではない、単に人に喜んでもらえたらそれでいいというわけでもない。
      僕らの目的はあくまで、”充実した人生を送ること”。
      それを達成するための手段は人それぞれであり、自分に合ったやり方さえあれば、それでいいのだと思います。

      もっと柔軟に考えてみてはどうですか?
      自分の置かれている状況を上空から眺めるような感じで一歩引いて状況を見てみると、また違った見方が出来るんじゃないかと思います。

      気持ちに余裕がなくなってしまえば、余計に人の気持ちや人の考えが見えなくなってしまうものです。
      焼肉さんは真面目すぎる性格ゆえに、あまりにも一生懸命になり過ぎてしまっているように見えます。
      そのせいで少し視野が狭くなってしまってるかもしれません。

      僕らの目的は、「充実した人生を送ること」。
      そのための手段は、何だっていいんです。
      自分に合ったやり方でいいんです。

      あまり手段にこだわらず、もっと柔軟に考えていきましょう。

      仁より。

  2. 焼肉 より:

    仁さん
    こんにちは
    お忙しいところ、お返事ありがとうございます
    とても忙しいのですね、返事は急いでませんの
    お気遣いありがとうございます

    私は真面目すぎて自分が苦しいです
    周りは楽してるし、私は頑張っても成績が悪いし……

    仁さんのいた会社のように結果優先でチームワークはありません
    新しい人は入りませんし、入っても続きません
    古い人達だけが残っています
    人が足りないのに新しい人が入ると蹴落とすようなところです

    私は周りに認められたい、その気持ちが強いので喜ばれるようにしているんだなと気づきました
    それと、成績が悪いから私ができることはなんでもしようとゆう気持ちで充実した人生とゆう考えはありません
    仕事は仕事だけれど、充実した人生の一つであると考えるとまた違ったように見えるかなと思います
    上空から見る、ですね
    気持ちに余裕がありません
    少し力を抜いてみます

    仁さんの様な上司がいたら毎日が楽しくて、
    仕事はもちろん、人生のアドバイスをもらえたら毎日が辛くても乗り越えられそうです!
    辛いことが有難く感じるでしょうね

    ちなみ 柔軟に考えるにはどうしたらよいでしょう?

    • jin より:

      焼肉さん、こんばんは。

      柔軟に考えるにはどうしたらいいか?
      実は僕、おそらく焼肉さんと同じ真面目タイプです。
      融通が利かない、何でもクソ真面目に考える、臨機応変に対応出来ない、実は元々そんな人間なんです。

      だから大雑把な人間や、適当に仕事をする人間を見ると、正直許せなかった。
      仕事がいい加減だと、その仕事をやったのが例え上司であろうと、場合によっては後で僕が全部やり直すぐらいやってました。

      僕は仕事に対してあまりにも高い完成度を求めるあまり、周りの人間のやり方や気持ちなんかも無視し、自分のやり方ばかり貫き通してしまいました。
      だから今思えば、当時一緒に仕事してた人たちには、もしかして居心地悪い思いをさせてしまってたんじゃないかなぁ、と思います。

      でも僕もいろいろと社会経験を積み、多くの人と一緒に仕事をさせてもらううちに、自分の性格が真面目すぎるゆえに視野がすごく狭くなってしまっていることに気付けるようになりました。
      仕事というのはひとりで完結するものではなく、みんなで協力してするもの。
      みんなで協力して連携を取るからこそ、より完成度の高い仕事が出来る。
      そう考えるようになりました。

      そこで、何事にもクソ真面目にとらえず柔軟に考えるにはどうしたらいいか?というのを考えるようになりました。
      元々僕は結構細かい性格で、その仕事を完成させるためにはあまり関係の無い小さなことまでこだわっていました。
      「木を見て森を見ず」という諺がありますが、当時の僕はまさにそうでした。
      ご存知かもしれませんがこの諺の意味は「物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うこと」というもの。
      当時の僕は、目の前のことにばかり気を取られてしまい、周りが見えなくなってしまっていました。

      そのことに気づいてから僕は、仕事にしろ何にしろ、まずはその最終目的を明確に意識するようにしました。
      ゴール地点を自分の中で明確にし、細かいことは気にし過ぎず、とにかくそのゴールのある方向に向かって進むことを強く意識するようにしました。

      ゴール地点に向かって進もうとすれば、いろいろな問題が目の前に現れてきます。
      その多くの問題の中で、目的を達成するためにクリアしなければならない問題にだけ意識を集中させ、目的達成に関係の無い問題は気にせず放っておく。
      目標達成のためにやらなければならないことに優先順位を付け、優先順位の高いものにとにかく力を注ぎ、優先順位の低いものは後回しにする。
      とにかく自分がちゃんとゴール地点の方向に向かって進んでいるかを常に確認し、それ以外の関係無いような細かいことは気にしない。

      最終目的を明確に意識し、その方向に向かって進むことだけに意識を集中させるようになってから、僕の視野は一気に広がりました。
      ものごとを俯瞰して見ることが出来るようになりました。
      (俯瞰・ふかん:ものごとを上空から見るように、全体を見渡すこと)
      どうでもいいことにとらわれることなく、柔軟に問題をとらえ、臨機応変に対応することも自然と出来るようになっていました。

      前の僕のメッセージでも書きましたが、大事なのは”目的”です。
      目的を達成することです。
      目的が見えてなければ、自分がどこに向かっていいかも分からなくなってしまう。
      その結果、自分の人生にとって全く重要でないことに変にとらわれてしまったり、自分は一体どうしたらいいのか迷ってしまうことになります。

      だからまずは自分の中できちんと目的を定める。
      そしてその目的に向かって進むことに意識を集中させる。
      目的に関係すること・目的を達成するために必要なことに力を集中させ、それ以外のことや関係の無いことには力を割かず極力放っておく。

      すると自然に、どうでもいいことにつまずかないようになってきます。
      自分のやるべき大事なことだけが見えてくるようになり、それ以外のことが気にならなくなってきます。
      ここまでくると、おそらくもうある程度の柔軟性も身についているはず。
      その場しのぎのいい加減なものではなく、人生に必要な本当の柔軟性というものが身についているはずですよ。

      焼肉さんが働いている目的は何ですか?
      働くというのはあくまで単なる”手段”です。
      何かを達成したり、何かを実現させるために僕らは働いているのです。
      みんな「豊かな生活を送るため」だったり、「自己実現のため」だったり、「自分の価値を見いだすため」だったり、「職場を通じて豊かな人間関係を作るため」に働いているのです。
      焼肉さん自身の「働く目的」をはっきりとさせ、その目的を達成することだけに意識を集中させてみて下さい。
      きっと世界の見え方が変わるはずです。

      仁より

  3. 焼肉 より:

    仁さん
    お返事ありがとうございます
    他のコメントで記入しましたが、まず全ては自分を好きになることから始めていこうときめました相手を思う気持ちや仕事に対する姿勢など周りを変えても自分が好きでいなければ何も変わりませんし、変わったところで一時的なものやテクニックのようなものになってしまうと思いました
    せっかくお返事頂いたのに根本的なものが欠けていました
    でもこうして仁さんに相談しているうちに自分が好きでないこと、周りから認められることで自分を好きになろうとしていたことに気づかせてもらいました
    本当にありがとうございます!
    自分を好きになることがまだ、できていませんが好きなると決めたら、気持ちが楽になりました
    このブログをはじめて頂いてありがとうございます!
    これからもよろしくお願いします♪

    • jin より:

      焼肉さん、こんばんは。
      「自分を好きになる」
      焼肉さんへの別のメッセージでも書かせていただきましたが、自分を好きになるとは、自分を信じてあげること。
      出来ない自分を無理矢理肯定することではなく、前に進もうとする自分の気持ちや自分の力を信じてあげること。
      自分を信じ、そして自分のことを好きになると、焼肉さんの見えている世界はきっと変わるはず。
      僕もまだまだ未熟な部分はたくさんあります。
      今の自分に少しも満足してないし、越えるべき課題もまだたくさんあります。
      でも時間がかかっても、今すぐ出来なくても、僕なら出来る、そう信じています。
      僕は自分を信じています。
      自分の力に人生をかけています。
      また何かありましたら、遠慮なくメッセージを下さいね。
      僕はいつでもここにいます。
      ではまたメッセージをお待ちしてますね。
      仁より

  4. 焼肉 より:

    仁さん
    お返事ありがとうございます
    自分を好きになれたらどんなに楽しいでしょう
    こうだったら好きになると条件をつけずに好きになれたらいいなと思います
    それと、
    空気が読めずひどい事を言って相手に厳しい事を言われている人から、
    自分はどうしたらよいか相談を受けたのですが、正直に言うべきかどうか考える時があります
    結局は話を合わせて、あなたは悪くないと伝えるのですが、私自身がその人と一緒にいると苦痛です
    こんな人とは失礼ですが、こんな方でも自分を好きでいたりするんでしょうか
    相談するのは自分を好きではないのでしょうか
    自分自身で気づかなければアドバイスしても仕方がないと思うのですが、こうゆう時も否定、批判しないのがよいのでしょうか?

    • jin より:

      焼肉さん、こんばんは。

      「条件を付けずに好きになれたらいいな」
      大丈夫です。
      焼肉さんからもらった別のメッセージへの返信でも書かせていただきましたが、焼肉さんは自分のことを受け入れ始めている、自分のことをきっと好きになり始めていると思いますよ。
      大丈夫、自分のことを信じてあげてください。

      それと空気を読めずに困っている人からの相談を受け、ちょっと困ってしまっているみたいですね。
      僕はその人のことを直接知っているわけではないので、その人に関するコメントはちょっと控えさせてもらいますね。
      で、実際にその人と一緒にいると焼肉さんは苦痛に感じる、どう対処したらいいのか、ということですよね。
      実際にその人がどんな人か分からないので、ここからは「もし僕が焼肉さんと同じ立場だったら」という想定で話をさせてもらいますね。

      もし僕ならその人に対し、その人が「正しい」とも「間違っている」とも言いません。
      その人に対し「あなたは正しいよ」とか「あなたは間違っているよ」とかいった判断を下すようなことは言わないと思います。

      ただその人が僕に対し何かアドバイスを求めているのなら、出来る限り具体的なアドバイスをすると思います。
      ただそのアドバイスも、「こうするのが正しいよ」とか「こうするのは間違っているよ」といったことは言いません。
      どういう言い方をするかというと、「僕ならこうするよ」という言い方です。

      具体的に言うと、
      「僕の考えが正しいかどうかは分からないけど、もし僕ならこういう風にするな」
      とか、
      「僕がもしあなたの立場なら、こういう風にするな。あくまで僕個人の考えだけど」
      といった言い方で、相手にメッセージを送り続けます。

      人から「あなたは間違ってるよ」なんて言われたら、誰だってやっぱり面白くないし、自分の考えを否定されれば、やっぱりなかなか素直に相手の言うことを聞くことが出来なくなると思います。
      だからあくまで僕個人の考えという形で話し、僕の考えが正しいとも言わないし、相手が間違ってるとも言わない。
      「正しいかどうか分からないけど、僕だったらこのようにするよ」という言い方で、相手に投げかける。
      正しい・間違っているということは置いておき、「僕ならこうするよ」という伝え方で、相手のおかしな部分を気づかせるように持っていくと思います。

      それで僕のアドバイスに対し、それを受け入れるか、参考にするか、それとも聞き入れないか、それを判断するのは相手です。
      ここから先はもう、相手の人生の問題です。
      相手の人生ですから、これ以上は他人である僕がズカズカと踏み込むわけにはいきません。
      相手の人生は相手が自身の責任において背負うものであり、僕が代わって背負ってあげることは出来ません。
      ここはきっちりと線引きをするべき所です。
      ここから先はもう、相手に任せるしかありません。

      …といった感じでしょうか。
      僕なら「良い・悪い」「正しい・間違っている」といった判断を下すようなことは基本的には言わない。
      ただアドバイスを求められれば、「僕だったらこうすると思うよ」と、あくまで個人的な考えとして(それが正しいとかいったことは言わずに)相手に自分の考えを伝える。
      そしてそのアドバイスを受け入れるかどうかは、相手に任せる。
      相手の人生だから、ここから先は踏み込まない。

      このようにします。

      どうでしょうか?
      少しは参考になりますか?
      何かあれば、また遠慮なくメッセージを下さい。
      僕で良ければ、また僕なりの考えを話させてもらいますからね。

      では。

      仁より

  5. 焼肉 より:

    仁さん
    お返事ありがとうございます
    相手の人生にズカズカ入らない、そうですね
    どこまで言って良いのかいつも悩みます
    相手の人生は相手の人生で、私が判断を下すべきではないですね
    聞かれたらしっかりと答えなければとまた真面目さが湧いてきました
    答えをだすことが良いとはかぎりませんよね、とても参考になりましたありがとうございます
    仁さんは迷惑な人や空気を読めず被害があった場合はどうしていますか?
    自分の気持ちを伝えますか?
    それとも極端ですが付き合いをしなくても良い関係なら離れますか?
    いつも仁さんの意見を参考にしています
    急ぎませんのでまたお返事楽しみにしています

    • jin より:

      焼肉さん、メッセージありがとうございます。

      「迷惑な人や空気を読めず被害があった場合はどうしていますか?
      自分の気持ちを伝えますか?
      それとも極端ですが付き合いをしなくても良い関係なら離れますか?」

      とても難しい問題ですね。
      どんな被害を受けたのか、またその時の状況や相手との関係性によっても対応の仕方が変わってくるので、これだという回答はなかなか答えられませんが、僕なりの考えを話していきますね。

      まず僕の中心にあるのは、「全て自己責任で生きる」という考えです。
      自分の人生は自分次第。
      もし何かの被害に会えば、それは単に相手に原因があるということではなく、僕自身が引き寄せたものでもある。
      普段の僕の発言、行動、考え方、生き方、そういったものが、もしかすると被害を誘発しているのではないか?そう考えます。
      そういう意味では、基本的に僕は、自分や他人を「加害者・被害者」といった位置づけでとらえることをしないので、実際あまり「他人から被害や迷惑をかけられた」とか思うことがあまりありません。

      それにもしトラブルの原因が100%相手にあるのなら、トラブルを解決するためには相手を何とかするしか方法は無くなってしまいます。
      でも他人を変えることほど、難しいことはありません。
      それに他人というのは、こちらに都合良く動いてくれるものでもありません。
      だからトラブルを回避したり解決したりするためには、相手を変えようとするのではなく自分が変わる方が早い。

      人間というのは、外部から力が加わると抵抗するもの。
      他人から「お前は間違ってる、お前が変われ」と言われれば、反発するものです。
      だから反発されながら相手を変えようとするよりは、自分自身成長することによって自分を変えていく方が早いし、自分にとってもそれが良いと思うんですよ。

      それで具体的に被害にあった場合、どうするか?
      焼肉さんの言っている相手というのは、空気を読めないがために周りに迷惑をかけてしまってるんですよね。
      基本的に人というのは、自分の行動や考えなどを上から目線で指摘されたり、または上から目線で命令や指示をされると、なかなか素直に受け入れることが出来ません。
      だから他人に何かしらのアドバイスや指摘をする時は、「相手と同じ目線で話す」ということを僕は意識しています。
      そして、前のコメントでも話していますが、「僕ならこう思う」「僕ならこうすると思う」といった言い方で、「正しい・間違ってる」といったことは一切言いません。

      それで、相手が単に空気が読めないだけ、悪意は無いが空気が読めないために自分や周りが被害を受けてしまっている場合、それによって今後その相手や周りのみんなや自分たちが困ることになってしまうのであれば、そのことを相手に伝えると思います。
      もちろん伝え方は、「あなたはおかしいよ・間違っているよ」といった言い方ではなく、状況を自分に当てはめた上で「僕ならこう思う」「僕ならこうすると思う」といった言い方をします。
      あくまで対等の関係・同じ目線で、相手を批判することなく自分の意見を述べる、感情的にならず冷静に状況を説明すると思います。
      そして必要があるなら、自分なりにフォローをしていくと思います。

      そして相手がもし意図的に周りに迷惑をかけている可能性があるとしたら、まずは相手のことをよく観察します。
      迷惑がかかると分かっていて、なぜ意図的にそんなことをするのか?
      相手の行動の目的を探ります。

      単に周りに注目してもらいたいだけなら、もっと相手のことを気にかけてあげる。
      何か不安を抱えているのなら、不安を解消する手助けをしてあげる。
      もし助けを求めているのなら、力になってあげる。
      相手を観察し、相手の行動の目的を見つけ出し、可能であれば解決するための力になってあげます。

      でももし相手が悪意を持ってやっていたり、または自分の事ばかりで他人のことなど顧みないような人間であるなら、その度合いや相手との関係性に応じて
      ・表面上の付き合いはするが、全く相手にもしない
      ・完全に縁を切る
      などの行動をとります。

      どうしても価値観の合わない相手、自分の成長にとってマイナスになるような相手、そんな相手と無理に付き合う必要は無いと思います。
      合わない相手と無理に付き合っても、お互いにとってプラスはありません。
      むしろマイナスになったり、最悪お互いに足を引っ張り合ってしまうことにもなりかねません。
      無理して付き合いを続ける必要は無いと思います。

      …ということで僕なりの考えを話させてもらいましたが、少しは参考になりそうですか?
      あまり具体的な状況が分からないので、思いつくままに書いてしまいましたが、もし見当はずれな内容になってたらすみません。
      また何かあれば、メッセージ下さいね。

      では。
      仁より

  6. 焼肉 より:

    仁さん
    お返事ありがとうございます
    お礼のコメントが遅くなり失礼しました
    仁さんのお仕事は忙しさは落ち着きましたでしょうか
    感情が乱れた時はここへ癒しを求めに来て、ブログを読むのを楽しみにしています
    今回質問した件ですが、空気が読めない人と関わり被害にあうことが多かったのですが、悪意を持っているかどうかはわかりませんが縁を切るのではなく何か正すこともなく、表面上だけの付き合いと思って付き合い始めたら不思議にあまり被害にあうことがなくなり、また関わることが減りました
    意識したわけでも距離をおいてるわけでもないのですが、これも成長して見方が変わったのかたなと、
    これは仁さんのおかげです
    今までは巻き込まれるばかりで文句を言うことを繰り返していてばかりでしたから…
    そこでまた質問です突然ですが、友達とは必要でしょうか

    • jin より:

      焼肉さん、こんにちは。

      例の「空気を読めない人」の件、上手くいって本当に良かったですね。
      相手の細かい情報や具体的な詳細状況というのは分かりませんが、自然と相手との関係性が変わった・自然と被害に遭うことが少なくなったというのは、やはり焼肉さんが成長し、これまでの焼肉さんとは違う焼肉さんになってしまったため、それに伴って相手との関係性も変わってきた。
      焼肉さんが立つ人生のステージが、より高くなった証拠、焼肉さんが人として成長した証ではないかと思います。
      そして焼肉さんの成長は、焼肉さん自身の努力によって勝ち取ったもの。
      もし微力ながら僕が焼肉さんに協力出来たのだとすれば、とても嬉しく思います。

      それでメッセージの最後にある「友達とは必要ですか?」という質問。
      う~ん、なかなか難しい質問ですね(汗)

      これはその人間の考え方や価値観にもよりますし、また男性と女性、年齢によってもいろいろ変わってくるんじゃないかなぁと思います。
      例えば子供時代というのは、友達との関係はとても大切だと思います。
      子供時代というのは学校の勉強以上に、友達との関わり合いによって人間関係を学ぶ大切な時期だと思います。
      ここで友人との人間関係につまづけば、社会人になってからも職場の人との人間関係に悩むこととなる可能性が大きくなってくるんじゃないでしょうか。
      そういう意味でも子供時代の友達というのは、居た方が良いのではないかと思います。

      また男性と女性とでも、友人との付き合い方も違いますよね。
      僕は男なのでよく分かりませんが、男性に比べて女性の方が友人とつるむ傾向が強いように感じます。
      逆に男性は僕の見る限り、頻繁に友人と連絡を取り合ったりということが少ない傾向にあるように感じます。

      ということで友達が必要かどうかは、その人による、または年齢によっても変わってくる、そう思います。
      なんか、はっきりしない答えですみません。
      なんかモヤモヤしたままで終わるのも嫌なので、一応僕個人の考えも書いておきますね。

      僕個人に関して言えば、友人が必要か必要でないかと聞かれれば、「どうしても必要なものではない」と答えます。
      実際僕は友人が少ないと思いますし、また友人とこまめに連絡を取り合うといったことも一切しません。
      居てくれたら居てくれたで良いし、かと言って居なければ居ないで別に困ることも特に無い。
      今の僕にとって「友人がいるかどうか」というのは、大した問題では無いです。

      ただ、前から僕は「仲間が欲しい」と心のどこかで思っています。
      今の僕には、一緒に酒を飲んで愚痴を言い合うような友人はいりません。
      一緒に遊んだり馬鹿騒ぎをするだけの友達も、欲しいとは思いません。

      僕が欲しいのは、「共に歩む仲間」です。
      同じ志を持つ仲間であったり、またはお互いに高めあえる関係、単に愚痴を言い合って憂さを晴らす友人ではなく、そういった建設的な関係を築ける仲間が欲しいと、心のどこかで思っています。
      僕が欲しいのは、友達ではなく仲間。
      この頃特に、そう思うようになりました。

      そういう意味では、僕の中では焼肉さんはすでに「仲間」です。
      焼肉さんによって僕は、たくさんの大切なことを学ばせてもらっています。
      焼肉さんから、たくさんの良い刺激をもらっています。
      僕にとって焼肉さんは、単なる一読者ではなく、一人の仲間です。
      僕の仲間です。

      ちょっと質問の趣旨からズレてしまいましたが、これが今の僕の考えです。
      答えになってないかもしれませんが、もし少しでも参考になれば嬉しく思います。

      では。
      仁より

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